さよなら虎馬、ハートブレイク
さら、と首元に黒髪がかすめた。
はっとして少し先輩の方を見る私の頬に、彼の髪が触れる。と思った時にはもう、電車の揺れの拍子に完全にもたれかかってきた。
「…せんぱい」
「…」
「先輩ってば」
このひと、死んだように眠るんだな。
こう見えて、曲がりなりにも受験生だもん。家では、根を詰めて勉強しているのかもしれない。先輩は天才じゃない。努力で全てを勝ち取ってきた人で、その証拠に影にはずっとお父さんを心配させたくなかったからってことを、以前先輩は私に教えてくれた。
瞼を伏せて、長い睫毛に光がほんの少し反射した。光を受けても透けない黒髪がさらり、と風に揺れたとき、感じたことのないあたたかな重みに、息を詰める。
あ、だめだ。
(…泣きそう)
電車が駅に着いたころ、何の前触れなく気が付いた。
先輩は何も言わなかったけれど、多分、これは。
高校生活で私と藤堂先輩が共にする、
最初で最期の寄り道だ。
潮騒が聴こえる。
「…海だ」
「テンションひっく、もっとこうきゃー♡とかわー! とかないんか」
「ワースゴーイキレー」
「棒読みがすげえや…」
10月の海は人がいなくて、空を覆い隠す雲のせいで一面は真っ白だし、陽が射さないせいで寒かった。どうにかそれを誤魔化そうと歩き回るのに、ローファーに砂が入り込んでじゃりじゃりする。
「——————ふぇっきし!」
浜辺から少し離れた石段に腰掛けると、濡れていなくても足元から寒さがせり上がって来た。海辺じゃセーラー服にカーディガンだともう、心許ない季節。
両腕をさすって身を縮こめる私に、ふと、何か温かいものが覆いかぶさる。自分の着ていたブレザーを私に羽織らせた先輩は、カッターシャツの腕まくりを直しながら微笑んだ。
「…い、いいですよ、先輩が寒いでしょ」
「大丈夫大丈夫。俺体温高いから」
「言いながら震えるのやめてもらっていいですか」
先輩のブレザーを借りて暖かくなった私とは裏腹に、身包みを剥がされた先輩はめちゃくちゃに寒そうで。
そんな姿が見るに耐えなかったから、私は、覚悟を決めて、
——————えい、と先輩に自分の体を引っ付けた。