さよなら虎馬、ハートブレイク
それから二人で入るように、ブレザーを被る。
電柱で冬の朝に、身を寄せ合う鳩みたいに。
「………え、っと」
「…………さ、寒がってたから」
「………うん」
「か! 風邪! 私のせいでまた引かれても困りますし!」
むくれているはずなのに、むくむくと羞恥心が込み上げてくる。寒かったのにめちゃくちゃ暑い。耳から湯気出そう、とかぐるぐる考えていたらごく自然に肩を引き寄せられた。
ぴた、と先輩にひっ付くような形になって、だめなのに、こんな風に思っちゃいけないのに、鼓動が鳴ってしまう。先輩だってそうなはずだ。彼女いるくせに。奈緒子さんて人がいながらなんでこんなことするの、と複雑な顔で見上げたら、熱を孕んだ瞳に見下ろされてばっ、と顔を逸らす。
「すぐ照れる」
「うるさっ…はなして!」
「いやでーす」
「!」
「オズちゃんぬくいんだよ。子ども体温。湯たんぽみたい」
「はぁ!? ちがうし! 子どもとか言うな!」
「えー?」
うざい、ってぽこ、と殴ったら、先輩が笑った。
それを見たら、泣きたくなった。そんな私の一瞬すら見過ごさないんだからやっぱり先輩は、ずるい。
せめて見ないふりをして欲しかった。だってそうすれば、気付かないふりして、ずっと、こうしてあほで、ばかで、他愛ないやり取りをしていられたのに。
なんで切なそうに笑うの。そんな顔好きじゃない。
私がさせるのはこのひとの心からの笑顔じゃない。
「…智也から聞いたよ。…嫌な思いさせたな、ごめん」
なんで先輩が謝るんだろう。なんで先輩は、こんな時でも自分より他人なんだろう。言葉が出なかった。ふるふると左右に顔を振ると、下唇を噛みしめる。
「はー…なんつーか…オズちゃんにそんな顔して欲しくなかったから黙ってたのに…あいつ本当勘弁だな」
隣の熱が両手で目元を覆って、深いため息をつく。こんなに言葉を選んだことはない。幾度も幾度も思い浮かべて、違う、と投げ捨てて。長い沈黙の末、口から出たのは中でもすこぶる出来の悪い一言だ。
「…大丈夫、なんですか。奈緒子さん」
「大丈夫じゃないねえ。もう二度と起きないかもしれない」
「…」
「俺のせいだ」
「俺があいつの人生めちゃくちゃにした」
間髪入れない返しに、吐息が震えた。
「初めは信じられなくてさ、嘘だろすぐ目ぇ覚ますだろって、半信半疑。おとぎ話みたいに王子様のキスで目、醒めんのかなーとかって
やってみたけどまぁ起きるわけもなく」