さよなら虎馬、ハートブレイク
気付いて、くれた。
「…先、」
「藤堂センパ———イっ」
高く、さっぱりとした声だった。可愛らしいくせに嫌なしつこさのない声の出所は、今しがた駆けてきた知らない顔の女子高生。彼女は私の横をすり抜けると、勢い任せに思いっきり先輩に抱きついた。
「おはよ」
「おはよーです。見てみて、エマ、この前先輩が切った方がいいって言ってたから髪の毛切り揃えてみちゃった。可愛い?」
「可愛い。超俺好み」
「やったー♡」
ふわり、ふわり。今時流行りらしい赤リップに、目を疑うような大きな瞳。見るからに柔らかな亜麻色の髪が人目も忍ばずぐりぐりと先輩の胸に頬ずりをして、その度にそれを目の当たりにしている私の元に、 甘い香りが届く。
細くて、華奢で、いかにも女の子、って存在がしきりに先輩への「好き」を主張して、確信した。
さっき、先輩が手を挙げて笑ったのは、私じゃなくてこの子だ。
「お、たまちゃん」
「をぅ!?」
「よー久々ー。顔見せないから元気か気になってたんだよ、聞いたぜ生徒会書記就任だって? おめでとう」
「あ、ありがとうございます…!?」
す、と私の横をすり抜けると、その背後の建物に隠れていた児玉さんを目ざとく見つけて、また、とそれきり言うと去っていく。
その声が次第に耳に届かなくなって、彼を取り囲むギャラリーが遠のいて、ぽつりと1人その場に取り残された頃。
児玉さんが後ろから恐る恐る私を覗き込んだ。
「………ぇっ…と、……あれ、…?」
「児玉さん」
俯いて、握りしめていた拳を広げると手のひらに爪の痕が出来ていた。眉を下げてなんとか貼り付けた笑顔で、やんわりと顔を持ち上げる。
「ちょっと、話聞いてくれる?」
☁︎
お昼休み、一緒にお昼ご飯を食べよう、と提案したら食い気味で「でも、」と返された。それは本来であれば「いやでもいつもなら藤堂先輩と」と続くのだろうけど、今朝の出来事に直面した児玉さんは、それ以上は何も言わずに頷いてくれた。
ほんの一ヶ月前まで、先輩と当たり前のようにお昼ご飯を食べていた中庭のベンチに、もうあのひとはいない。一ヶ月前、彼を避けてこの場所を離れたとき、先輩も1人でここを訪れたりしたのだろうか。
「からかわないで聞いてね」
「もちろんです」
「私、先輩に告白したの」
がば、と眼鏡の下から顔を覆った。真っ赤になって足をバタバタさせた児玉さんは、前のめりになる。
「くっ…、詳しく」
「でも、フラれた」