さよなら虎馬、ハートブレイク

おとうとくん




〝わたしに、考えがあります〟


 児玉(こだま)さんがそんなことを言うから、一瞬殴り込みにでも行くのかと思ってしまった。今となってはむしろ、そんな自分を殴り込みに行きたい。

 放課後、彼女に連れられるがままバスに乗って、降りてから歩くこと20分。住宅地に溶け込んだ真っ白な壁面と、赤い屋根の家。黒のアイアン門扉(もんぴ)に児玉さんが手をかけて、表札の「児玉」の文字が飛び込んで来た時ようやく全てを理解した。


「児玉さんの、お家?」

「女子がむしゃくしゃする。話したいことがある。そんな時することといえば何は無くとも女子会です」
「初めて聞いたけど」
「どうぞどうぞ、おあがりください! あ、足元お気をつけ下さいねちょっと段差ありますから(つまづ)かないで下さい躓いても受け止めますけど」

「あぁ…うん…ありがとう…」


 自分の家に招き入れるのに家主が客人をこんな事細かにエスコートする事ってあるのかな。玄関に踏み込むまで腰を低くした児玉さんに丁寧に誘導され、言われるがままお邪魔する。

 外装から見ても思ったけれど、一歩足を踏み入れただけで開ける視界から、大きな家であることがすぐにわかった。これは後から知った話だが、児玉さんが住居を構えるこの住宅地一帯は元々土地代が高く、俗に言うお受験を乗り越え私学に通っているような、お嬢様やお坊ちゃんが多く生息している地域なんだそうだ。

 マンションや車なんて固定資産はお手の物、乗り回すのは左ハンドルの外車だらけ、と話していた母親の目が¥マークになっていたのを、私はしばらく忘れることがないだろう。

 玄関に入るなり突き抜けになった高い天井を見上げると、二階に繋がる階段へと(いざな)われた。


「お邪魔します。家の人、誰もいないの?」

「父は仕事で、母もこの時間は学童保育の指導員をやってるのでいないんです。あ、心配しなくても凛花さんファンだからって変なことしませんよう!!」
「その発言が既に色々心配だ」

「あとは弟が———…、あ、ここです」


 にこやかに階段を上ると、廊下の突き当たり、一個手前の部屋の扉を開く。開けた視界のすぐ目の前に大きな本棚があって、部屋の角にデスク、サイドにベッド、クッション、クローゼット。

 置いてある物は私の部屋と何ら変わらないのに、部屋自体が広いだけでやけにだだっ広く感じた。ここが児玉さんの部屋。そろりと足を踏み入れてぐるり、見回す私に対し、児玉さんがにこやかに後ろ手で何かを隠しているのがわかる。わかるよ、見られたくないものの1つや2つあるもんね。


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