さよなら虎馬、ハートブレイク
うーん、とこんな時でも可愛らしい素ぶりで考えるポーズを取る彼は、言わずもがなここ一週間の勉強のことを言っているっぽい。
慣れないこと、って口ぶりに悪気はないのだろうけれど、ちょっとした屈辱を覚える。私だって別に毎度毎度一週間前にしか勉強しない訳じゃないもん。ここ最近ちょっと色々あったりで後回しになっていただけで、それに加えて数学は前から苦手なだけだ。
風邪の発症に関しては、思い当たる節しかなかった。恐らく前に公園で雨に打たれたこと。
その日帰宅後早々にお風呂に入ってはいたけれど、翌日も何となく本調子ではなかったから。…にしても、本当にそれが原因だったら私の風邪の潜伏期間長すぎやしないか。
俯いて悶々とする私に、天の河は私を覗き込んで「しんどい?」と聞いてくる。いよいよ制服の上に臙脂色のダッフルコートを解禁した私と同様、天の河もブレザーの上に黒のピーコートを羽織っていた。
「喋ると鼻水出る」
「うわ、すごい鼻声」
「風邪なんだから当たり前でしょ」
「荷物持つよ」
隣から自然と肩に提げた学生鞄の持ち手を掴まれて、するりと持ってかれそうになる。私はムキになって、反射的にさっとそれを引っ掴んだ。
「いいよ。もう教室着くし」
「階段しんどいじゃん、いつもよりノートとかたくさんあって重いし、ほら」
「いいってもうっ———、余計なことしないで!」
しまった、と思った。
どうして人はつい口が滑った時の失言を、目に見えたメッセージみたいになかったことに出来ないんだろう。風邪による苛立ちも相まって、思わず口をついて出た心にもない言葉は、当たり前だけど、相手を傷付けた。目を見開いて硬直した天の河の手が、固まって、ぶらりと脱力する。
「…ごめん」
「………ぁ」
「くどかったよね。先行くね」
苦笑いをして、頭の後ろを掻いて、そそくさと階段を駆け上がって行く。呼び止める間も無く過ぎたその出来事を5秒後すぐに後悔して、私はぱちん、と自分のほっぺたをひっぱたいた。
☁︎
「…どうだった?」
「まずまず」
「ゆずも。ずるずる」
「それなんかもう出てるよね」
あれから日にちが経って、期末試験、四日目。
試験終了後、今一つ手応えの感じられない数学Ⅰに大きなため息をつく私と、そして同じく自称・理数系全般苦手の柚寧ちゃん。まだこれが初日じゃないだけ良かったけど、一日目、二日目が自分の得意科目が続いただけに、露骨に暖簾に腕押し感を突き付けられてしまった。