さよなら虎馬、ハートブレイク
「あれ? あなた見たことある」
あの、二年生の先輩が現れた。
エマ先輩、だ。彼女は嬉々とした表情で私と天の河を交互に見たあと、「ねえねえ可愛いカップル見つけたよ」と屈託のない笑顔で曲がり角の向こうへ話しかける。
嫌な予感が込み上げてくる間も無く、その姿は現れた。
「…藤堂先輩」
とっさに手を引こうとするのに、きゅ、とかえって強く握られた。
離して欲しいのに、私の手を強く握って力を緩めない天の河を見る。先輩は無表情のまま、私と天の河を交互に、そして繋いだ手を見て柔らかく微笑んだ。
「やっとくっついたんだふたり? お似合いだね」
人は、脆い。たったこれっぽっちで、バカみたいに崖から突き落とされた気分になる。
地面の一点を見つめて固まる私をよそに、エマ先輩がばいばーいと手を振って、やがて先輩たちはいなくなった。
自然と解けた手はそのまま、信号が青になったのを合図に歩き出す。私を呼び止める声を、背中で天の河が軽くいなしたのだけが聞こえた。呆然と歩く私の手に、もう一度広くて大きい手の感覚。
「ごめん」
前の時もそうだった。天の河は私の手をこうやって、壊れ物に触るように、さりげなく、優しく、今にも解けそうな力で繋ぐ。
「ごめん、凛花ちゃん」
「許さない」
絶対に許さない。立ち止まって赤い目で睨んだらまた真っ直ぐに見下ろされた。先輩に楯突いたとき震えてた。今もまだ震えているその手で、彼は何と戦っていたのだろう。
解くこともしない手に呆れて、半ば私が引く形で歩き出す。天の河の手は、薄っぺらいのに、大きくて、それから冷え切った私の手より少しだけあったかい。
「………小津の手は、小さいね」
「普通だよ」
「…先輩と手。繋いだこと、ある?」
なんでそんな事聞くんだろう、と思った。なにも言わない私に、斜め後ろを歩く天の河はまだ答えを待っている。
「………あるよ」
「…」
でもそれがなんだって言うんだ。
帰宅するなり、悪寒がする、体の節々が痛い、露骨な身体のSOSを無視して勉強机に向かった昨日の自分は、まんまと翌日の私の首を馬乗りになって締め上げた。
先輩に言われた言葉がショックで、眠れないからと取った行動が。私の完治傾向にあった風邪をぶり返させたのだ。
朝起きたら頭の上に漬物石が乗っていて、身体中が火に炙られたように熱かった。歩くだけでガンガン響く音は、お寺の鐘の中に入って、思いっきり外から突かれている気分。
悪いものを排除しようと、私の身体がもれなく風邪の最終形態と戦争を繰り広げているのがわかる。