さよなら虎馬、ハートブレイク
忘れられない記憶
私が目を覚ましたのは、熱で倒れてから三日後のことだった。
原因は、風邪の重症化。三日三晩寝込んだこともあり、倒れる直前のことはほとんど覚えていない。…でも、とても長い夢を見た気がする。それはそれは長い夢。
夢の中で藤堂先輩は眠る私のおでこにキスをしたのだけれど、夢は願望の表れって言う。
その理屈からすると、あの鮮明な記憶も所詮は私の都合のいい脚色に過ぎないのかもしれない。
(…喉乾いた)
水木金と学校を休んで寝込んでいたから、この土日は家でゆっくりすることにした。ベッドに座って読書をしていた私は、ぱたんと文庫本を閉じる。
こういう日。普段の休みの日だと、10時頃まで寝ているだけでお母さんにだらしがないって叩き起こされたりするけど、パジャマ姿でお昼前までこうしててもなにも言われないのは体を壊してる時の特権だ。
(…これって何気に史上のひと時かもしれない)
じーん、と幸せを噛み締めながら自宅の階段を降りていると、玄関先から声がした。お客さんだろうか。対応するお母さんの背中が跳ねて、声高に喋ってるのが聴こえてくる。
「も〜! 見違えるようにカッコよくなってるんだもん、びっくりしちゃった! あとおばさんが二十若かったから相手にしてもらってるところなのに〜!」
「あはは…」
「あ、天の河?」
思わずあげた声に、お母さんが振り向く。そして、お母さんの影から遅れて、天の河がひょこっと顔を出した。
「来ちゃった」
☁︎
まさか凛花と大河くんが学校で運命の再会果たしてて、しかもいい感じなんてね〜、ぐふふふふ。
「あとはお若い二人に任せるわね。でも声は…抑えてね♡」
「お母さん!」
「おーこわ」
お菓子と飲み物を置くなりそそくさと出て行くお母さんに吠えて、思いっきり扉を閉める。なに考えてんだあの親は。頭おかしいんじゃないのか。
部屋に入るなり絨毯の上に正座して、こほ、と気恥ずかしそうに咳払いする天の河。相変わらずパジャマ姿だった私は、学習机の椅子にかけてあったカーデガンを羽織ってその向かいに座った。