さよなら虎馬、ハートブレイク
抱きしめられたまま、素の声が上がる。体を離しながら天の河を見ると、彼は軽く眉を下げた。
「…凛花ちゃんのこと保健室に運んだの、藤堂先輩だよ」
靄がかかった、記憶を辿る。だって、夢の中だと思ってたんだ。意識だって確かじゃなかった。でも、あの傍らのぬくもりを、確かに私は知ってた。———…じゃあ。
——————じゃああのとき私の額にキスをしたのは。
「———…っ」
「…凛花ちゃん」
それまでとは比べ物にならない羞恥が足のつま先から頭のてっぺんまでを駆け抜けて、ぱくぱくと口を動かす。
そうしていると、正面の天の河が。私の横髪をそっと手で避けて、それからちゅ、とほっぺたに口付けた。
「!?」
「…妬くからやめて。その反応」
「…、な」
「いま、凛花ちゃんの隣にいるのは僕だよ」
つきり、とその言葉に棘が刺さった。
…失礼な話だけれど。俯く私に、天の河は軽く笑う。
「…ごめん。凛花ちゃんのこと、困らせたかっただけ」
「…」
「そろそろ帰るね」
「え、もう? 今来たばっかりじゃん」
「もともと顔見に来ただけだから。それに、親が下にいても、僕これ以上そばにいたらなにするかわかんないよ」
その言葉の意味がはじめ、よくわからなくて。
理解してきたと同時に、じわじわと首元が熱くなる。そんな自然現象を嬉しいみたいに笑うから、彼はばかで。
「———じゃあ…途中まで、送る」
私は愚かだ。
☁︎
「どこまで送ってくれるの? 病み上がりなんだし、無理しなくていいよ」
来て早々に帰ることになった天の河をもちろんお母さんは驚いていて、見送ると言ったらさすがに遠くまで行かない約束を取り付けられた。
天の河が小学生の頃引っ越したのは私の住んでいる家の学区外で、電車で三駅、バスで数分、時間はかかるけど歩いても帰れる。三日三晩寝倒していて体のリハビリも兼ねての思い立ちをしかし、隣を歩く天の河は勘違いしたようで。
「…何も喋らないと、ちょっと期待しちゃうよ」
「期待?」
「もしかして凛花ちゃんも僕と離れたくないって思ってくれてるのかな、とか」
「…今日ずっと思ってたけどあんたってそんな押してくるキャラだったっけ」
「頑張ってるんじゃん…」
それに凛花ちゃんが靡かないんじゃん、とボヤかれてそっぽを向く。