さよなら虎馬、ハートブレイク
カンカンカン、と鳴り響く踏切を跨げば、その向こうは下校の際私と天の河がいつもバイバイをする場所だ。
家から20分ほどで、人気が少ないそこで二人きり、並んで立つ。何を喋るわけでもなかったけれど、その向こうに行ったら何かが終わってしまう気がして、それはきっと天の河も同じように思っていたんだと思う。
雨が降ったのか、地面は濡れていて、冬になるにつれて装いが寂しくなる樹にぶら下がった葉っぱも、汗をかいてた。渡らないことで私たちの前で何度も上がって、下がってを繰り返す遮断機に、鼻をかすめるペトリコールに、ふと、甦る記憶がある。
「………昔ね」
「…うん?」
「昔、ここで死にたいって思ったことがあるの」
え、何その冗談、と半笑いで振り向いた天の河に、私は遮断機の向こうを見たままでいた。これは、記憶だ。夢じゃない。何故か忘れられない、たったひとつの、私だけの記憶。
エイにぃに傷つけられて、私が間違えた。しばらく茫然自失でただ呼吸をしていた、あの頃。
何度か死のうとした。
でも一度はこの世界に何かの偶然でも、間違いでも生を受けた命だ。そう簡単に手放すわけにもいかないことを、私たちは、思い知らされてきた。
「だから私は、私に賭けをした」
「…賭け?」
「そう。誰でもちょっとした理由でやるやつ。例えば信号が赤になったらとか、ゴミ箱にゴミが入ったら、とか。それをね、何度かやってくうちに嫌でも気付くんだよ。
どうしたって、私は明日を生きたがってるって」
「…」
「死んじゃえば楽なのに、手離しちゃえば一思いに嫌なこと全部忘れられるのに。それでも命はこの身体に縋ってた。
よくよく考えたら、昔からずっと、私は負けず嫌いだったのかもしれない」
葉っぱから落ちた雨が水たまりに落ちて、波紋を作る。空は晴れていて、雨雲の隙間から覗く光が、本当にあの日、記憶の中で見た空ととても似ていた。
目を閉じたらうっかりあの日に戻ってしまえそうな気さえする。
隣に体温があるからきっと、なおさらそう思った。同じ死の匂いをまとった、
あの時、私の隣に、もう一人確かにいた。
「……ここの踏切で、同じように、壊れそうな瞳があった。何を思ってか私は声をかけたんだけど、…何話したか、覚えてない。でも、忘れられないの。名前も知らないひとなのに。変だよね」
「…」
「その人も、まだこの世界にいるのかな」
「生きてるよ、きっと」