さよなら虎馬、ハートブレイク
 

(…眠い)


 グラウンドに出てくる際ガラスに映った自分の姿はそれはもう、悲惨だった。元から自分の顔をどうこう思ったことはなかったけれど、明らかに目の下に黒ずんだ影が存在し、頰は不自然に痩け、血色の悪い唇は、人相の悪さにとどめを刺していた。

 早くに眠りについても、浅い睡眠を繰り返すばかりですぐに目が醒める。

 ここ最近、…ずっと酷い耳鳴りがしている。

 今も。



「藤堂危ない!」
「え、」
















「飛んできたボールの音に気が付かなかった、ね」

「…」
「せっかくハンサムな顔してるのに、たんこぶ出来ちゃってもったいない」


 そう言って笑うのは、奈緒子が入院している病院とは違う病院の医師だった。

 左側頭部に死球を受けた俺はその後すぐに救急車で運ばれ、意識が戻った時には撮った覚えのないMRIの写真がずらりと並んでいた。幸い脳に異常はなく、1日様子を見れば帰宅措置をとっていい、と言っていたはずなのに。

 医師はカルテを机上に置き、朗らかな表情で顔を傾けた。


「正直に答えてほしいんだけど」
「はい?」


「きみ今、左耳聞こえてないでしょう」


 とっさに目を逸らす俺に、医師は背もたれに体を預け、ギィと古びた音を立てた。


「…突発性難聴。別に珍しいことじゃないんだ、君くらいの年頃。思春期の子にはよく見られる症状だし、薬で緩和だって出来る。
 ただ、そうなるに至った要因は少なからずあるはずで」

「…」
「何か、ないかな。学校で悩んでることとか、例えば…いじめとか」
「ありません」
「…だけど」

「僕は、大丈夫ですから」








(…誰に言ってんだ)

 酷い頭痛と、吐き気と、耳鳴りと。

 それでも全部抱えて、会いに行かなきゃいけなかった。俺がそうしたから。俺の責任だから。



「ねえきみ、大丈夫?」

 路地裏でなんとか立ち上がろうとしているところに、明るい声がする。耳に届く声は絶対まともじゃなかったのに、何故か正当な光だと錯覚した。



「かっこいいね、お姉さんたちと遊ぼうよ」



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