さよなら虎馬、ハートブレイク
堕ちていくのは、一瞬だった。
その日を境に自分の見てくれを利用して女の人に手当たり次第声をかけ、ただただ馬鹿みたいに遊び呆けた。一人で吐き気を堪える夜より、誰かと眠る夜の方がよっぽど痛みを忘れられる気がした。鬱陶しい感情は切り捨てたほうが楽だった。好きでもない人間のそばにいて、快楽に呑まれて、強くなるために笑って、気丈を装って、真実なんかはどうでもいい。
「……ぎゅってして」
「え、やだぁ、藤堂くん可愛い。最中あんなドSなのに」
「(…うるさい)」
それはお前らのことどうでもいいからだ、と考えていたら抱きしめられた。熱の冷めた指先と、背中に遺った爪痕ほど居心地の悪いものを知らない。
だって生きるってそういうことだろ。辛いとか弱音ばっか吐いて傷ついていられないんだろ。
形式だけのキスをしたら、紅潮したその子が至極嬉しそうに綻ぶ。
「ユキ、藤堂くんが笑った顔が一番すき」
心が壊れてく音がする。
【メッセージを一件、お預かりしています】
事故から四ヶ月が経ったある日、それは健全でない遊びもすっかり板に付いた頃。自宅に帰ると留守番電話にメッセージが入っていた。
偶然だった。普段なら家電の録音なんかどうせセールスだと聞かずに削除するのに、間違って再生ボタンを押してしまったのは。
《真澄、久しぶり》
父さんだ。立ち止まり、思わず電話機にかじり付く。
《めっきり連絡寄越さないけど、体調どうだ?
新しい学校では上手くいってるかな。…って、うーん、父親らしいこと言ってみてるんだけど、どう、出来てる?
…真澄のことだ、父さんと違ってこう…社交的だから、たくさんの友だちに囲まれてくれていたらいいなと思います。って、ここツッコむとこね。お前は僕に似てどっちかっていうと内気だから、めちゃくちゃ心配して連絡した次第です、はい
「…父さん」
録音に相槌を打っても仕方ないのに、言葉にしてしまうのは何故だろうか。懐かしい声色や静かなトーンに、まるで目の前にいる電話機が父親であるような錯覚に陥って笑みが溢れる。