さよなら虎馬、ハートブレイク
やさしい嘘
雨の中安斎先輩と取っ組み合いをして帰ったその日、頭からバケツの水を被ったようにずぶ濡れで、更に傷だらけになった私は親にしつこく何があったか問いただされた。
いじめや嫌がらせかと嘆く母に、家の近くの階段から転げ落ちたという私の嘘はあまりにも無理があり、結局余計な心配をかける羽目になったけれど。
先輩から受けたビンタや引っ掻き傷は一週間もすれば落ち着いて、瘡蓋になった。
天の河は私に、藤堂先輩とのことを〝時間が解決してくれる〟って言った。
頬に貼られた最後の絆創膏を剥がしたとき、確かにそうだと思ったのに。
鏡の前の私は、釈然としない顔で今日も私を見据えている。
「ここ空いてる」
中庭のベンチで一人でお弁当を広げていると、上から声が降ってきた。返事をする前に現れた柚寧《ゆずね》ちゃんが隣に座って、かちゃかちゃと自分のお弁当を広げ始める。
「るいるいいないじゃん」
「生徒会だって」
「塩見は」
「お昼誘われたけど断った」
四六時中そばにいるのはなんかちょっと違うと思う、考えたいこともあるし、と伝えたら「ひど。氷点下」とか言われた。氷点下…確かにそうかもだけど。ひとりで考えるために断ったのに、柚寧ちゃんが隣にいては意味ない気がする。
前までは考えられないくらい、今は私の周りに人が溢れてる。たくさんいるのに、でもずっとぽっかり、心に穴が空いている。
その穴の正体を私は知ってて知らないふりをしている。
「凛花ちゃんってさ、何がしたいの?」
聞かれた時、口に運んだブロッコリーがぽて、と落ちた。
隣を見たら柚寧ちゃんがお箸でたらこパスタをくるくる巻いていて、その顔が無表情だからえ、と声が出る。
「………何って」
「だって変じゃん。藤堂先輩とまた前みたいに話したりしたいのかなって思ったからゆずも手ぇ貸したのに、いざ蓋開けてみればしおみんとイチャイチャしてるしさ」
「してない!」
「へーそうなんだ。でも弄んでるじゃんね。好意持たれてるって知ってて頼ってるんだもんねしおみん可哀想〜」