さよなら虎馬、ハートブレイク
 

 調理実習で完成したクッキーは初めて作った割に中々の出来栄えで、授業中に焼きたてを数枚食べて、残ったものはそれぞれ班員で袋に小分けして持ち帰ることになった。彼氏にあげよー、とか弟に、って言う子も多い中で、私は丁寧に包装した小袋のリボンを解き、グラウンドの見えるベンチで摘んで食べればさく、と音が鳴る。

 そのままなにも考えられずにただ無心で遠くを見ていたら、後ろから伸びてきた手が私のクッキーを取った。

 とっさに振り向いて顔をあげれば、私を見てクッキーを今正に口に含んだ鬼頭(きとう)先生の姿。


「ん、中々美味いじゃないか。これなら店に出せる」

「…先生」
「失礼なやつ。そんな露骨にがっかりした顔されたらさすがに凹むわ」


 そんなわけじゃ、って言ったらいい、いい、と手でひらひらされて、代わりに優しく顔を傾けられた。


「こんなの食べたら熱い珈琲飲みたくなってきた。
 小津(おづ)、ちょっと付き合ってくれない?」


 ☁︎


「しばらくじゃないか。お前が私のことなんか忘れるくらいには学生生活エンジョイしてそうで、何よりだよ」


 吐息だけで笑って珈琲カップに口付ける彼女は、保健室のソファに座る私に紅茶を差し出してくれた。

 ワインレッドのクルーネックセーターに白衣を羽織った先生は、季節が冬に突入しようが関係なくタイトスカートから美脚を覗かせている。抜群のプロポーションは以前見たのが確か文化祭の頃、先輩への想いを拗らせていた時だったから、確かに彼女が言う通りしばらくぶりなのだけど。

 毎日めまぐるしい日々が続いて、先生のところに来るのも(おろそ)かになってた。私のトラウマを一番に知って、理解してくれたのは先生で、その代わりは誰にも務まらないというのに。そう思うと全面的に非があり、薄情なのは私だ。


「…すみません」

「冗談だよ、本気で謝られても」
「…」
「あ、そうだ。最近、塩見何某(なにがし)とかいう青いのと仲良いみたいじゃないか。藤堂はどうしたの」
「…」

「ま、別にいいけど」


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