さよなら虎馬、ハートブレイク
条件反射でぴしゃりとツッコんだものの、あまりに懐かしすぎる感覚にはたと、頭の中が真っ白になった。
え、なに、どういうこと。
事態が読めずぽかんと口を半開きにする私に、「…混乱してる」と困った顔をした向かいの彼は、眉を下げて、その焦げ茶の虹彩に私を映して笑っている。
「…先輩、」
「うん」
「………先輩、」
「…ん?」
「———…っ、」
投げかけに、呼んだ声に、誰かが答えてくれる。たったそれっぽっちのことが今、こんなにも愛しい。
目元で膨らんだ涙に気付かれる前に俯いた。落ち着くために震える息を吐き出す私に、頭の上から落ち着いた、低い声が届く。
「…俺が今から言うこと。黙って聞いていられるか」
「…そん」
「出来ないなら話さない」
「…っ」
合わせた瞳に揺るぎがないのを知って、私は小さく頷くとそっと、両手で自分の口を塞ぐ。
その行為一つで大きな瞳をやわらかく細めた先輩は、いつもきゅっと上がった唇の端をうっすらと開いた。
「…今日。本当はここに来ないつもりだった。
行ったら根負けする、勝てる気がしなかったから適当に理由付けてすっぽかそうって、絶対揺るがないつもりだった。
…なのに実際。オズちゃんに誘われたってそれだけで浮き足立って夜もまともに寝れなくて、結局三時間睡眠。
急いで支度始めて悩み抜いた挙句引っ掴んだ服もキメすぎてこの始末」
自身の服の裾をぴ、と指で引っ張って苦笑いする彼に、口を手で塞いだまま驚いて、でもすぐにおかしくてくす、と笑ってしまう。
「…心にもないこと言って、傷つけた。
放っときゃいいのに俺なんか、懲りずに立ち上がってくんだもん」
裏返した手の甲で、ほんの数ミリを隔てて、先輩がそっと私の横顔のラインをなぞる。
怯える私を傷つけないために、自ずと先輩が覚えた一番近しい触れるための手立ては。
その時でも満遍なく彼の体温を私に移した。
「初めは正直、小憎たらしくて可愛くねえって思った。
辛辣だし、年上に情け容赦一切ないし。とっつきにくいしつっけんどん。かと思ったらこっちに聞く耳一つ持ちやしない
だけどそれも強がりの裏返しで、ずっとひとりで誰にも言えずに抱えてるものを知ったとき、素直に俺が救ってやりたいって思ったんだ
…でもたぶん、救われたがってたのは俺の方」