さよなら虎馬、ハートブレイク
消えゆく吐息を目で追いかけていた時だ。
まとったダッフルコートのポケットから、振動。ヴヴヴ、と絶え間なく繰り返すそれを無造作に取り出すと、液晶画面に【非通知】の文字が浮かんだ。
普段、知らない番号は基本出ないようにしているのだが。その日は、何故か。自分でも気が付かないうちに、迷うことなく通知ボタンを押して耳にスマホを当てがっていた。
「…もしもし」
「あけましておめでとうございます」
通話で一言二言交わして決まった待ち合わせ場所に、その人は先にいた。首元までしっかり防寒対策の成された緑のモッズコートをまとった彼は、私の姿が見えると律儀に頭を下げる。
先輩、後輩とか問わず。こういう挨拶を欠かさないところ、相変わらずだ。
「…あけまして、おめでとうございます」
目の前まで足を運んで遠慮がちにぺこりと頭を下げると、顔を上げた先で、
智也先輩はやわらかく微笑んだ。
「ごめんね、急に呼び出しちゃって」
「いえ、私も外にいたので平気です。というか智也先輩、私の電話番号知ってたんですね」
「うん、前に藤堂から聞いたんだ。〝お前は俺に何かあった時の頼みの綱だから、緊急連絡先に〟ってね。
〝何か〟が起こりそうにないから、職権乱用しちゃった」
——————もしもし、小津さん?
電話がかかってきた時、聞き覚えのあるその声に、私はほっと胸を撫で下ろした。
『智也先輩?』
《うん、おれ。今時間大丈夫?》
『大丈夫ですけど…どうかしたんですか?』
《いや、大したことじゃないんだけど。
…藤堂について、言い忘れてたことがあってさ》
今から会って話せない?
先程のやりとりを思い返してから、今、目の前にいる智也先輩を見上げる。
「言い忘れてたことって?」
やんわり、小首を傾げた視界の先。伏せられた彼の睫毛がそっと僅かに震えたのが見えた。飴色の瞳は瞬きの合間に、私に照準を合わせて和らぐ。
「連れてってあげる」
「? どこへ?」
「いいとこ」