さよなら虎馬、ハートブレイク

 

「——————わぁ、すごいっ!」


 1月初旬、まだ冬休みの明けない学校。

 最強寒波は街に粉砂糖を振りかけたように白くした中で、私たちの通う学校も(いちじる)しくその影響を受けていた。
 雪の敷き詰められたグラウンドに誰かが歩いた形跡はまだ無い。犬のようにはしゃいでしゃくしゃくと先陣を切ると、昇降口へと進む。

 智也先輩曰く、今日は高校駅伝大会の兼ね合いで教員のほとんどが出払っていること、また他の部活動も年末年始休暇で再開が明日からだとかで、人が少ないんだそうだ。
 それでも休み明け早々に行われる試験作成のために数人の教員は登校しているそうだが、職員室でぬくぬくとしている先生達に見つけられる確率は、ほぼ無いに等しい。

 要するに、忍び込むのが容易な学校探検し放題。


「すごーい…! 窓ガラスに雪の結晶が張り付いて凍ってる」


 白い息を吐き出して凍った窓に張り付くと、少し遅れて後ろを歩く智也先輩は天井を見上げて言う。


「学校って、避難場所にもする為に立地的に街より高台に建てる場合が多いでしょ。ほんのちょっとの標高の差でも市街地と比べたら二、三度気温が変わってくる。加えて廊下は北向き、日も当たりにくいから数日前の結晶も溶けないで残ってるんだね」

「く、詳しい…! 先輩、今日人が少ないことも知ってたし、何度か来たことあるんですか?」

「1年生の冬に一度だけ。冬休み明けの試験に提出する課題をうっかり机の中に忘れちゃって、それを取りに行こうって藤堂と二人で忍び込んだことがあるんだ。


 その時期うちの学校は違う学校の入試会場にもなってたから、生徒は完全に登校不可」


 見つかったらジ・エンド。


「ゲームとかでも見たことない? 警備員に見つからないよう神殿の奥に潜り込むやつ。いっぺん見つかったらまたふりだしーって、まぁ現実はそんなやり直し効かないから。
 初めこそビクついてたんだけど、もう途中から二人してノリノリだよ。目的の課題一つがまるで平民じゃ手の届かないお宝みたいに切り替わってて。

 あいつが頭の冴える斬り込み隊長なら、おれはその背中を守るガンマンってとこかな」


 壁に背中を張り付けて銃を撃つ真似をする智也先輩にくすりと笑って、目を輝かせる。私は絵本の続きをせがむ子どものように前のめりになって、


「それで、課題は無事ゲット出来たんですか?」
「それが、あと一歩の所で教員に見つかってさ。それも当時二人とも目ぇ付けられてたヒステリックな数学女教師。

 ———で、訳も聞かずに一ヶ月の職員室出禁。まぁ致し方無いんだけどね。でもオカルトの類に弱いんだって、彼女がおれらを見つけてこの世の終わりみたいな悲鳴あげたときは笑ったな」


< 363 / 385 >

この作品をシェア

pagetop