さよなら虎馬、ハートブレイク
 



 その瞬間、何が起こったのか、すぐにはよくわからなかった。

 耳を(つんざ)くようなブレーキ音に、点滅するブレーキランプ。光に目が(くら)み次見た時にはもう、彼女は湿ったコンクリートの上に倒れこんでいた。動転する意識の中で唯一研ぎ澄まされていた視覚と聴覚が得た情報は、鳴り響くサイレン、救急隊員の声、赤い点滅灯、

 それだけ。

『…あ、あの、奈緒子は』
集中治療室(ICU)に運びます、離れてください!』


 近くの救急病院に搬送された彼女を追っても、看護師に煙たがられた。ばたん、と大きな音を立てて閉ざされた扉、その赤いランプが点灯したと同時に身体中から血の気が引いていく。


《………もしもし?》

 後ろめたさが先立った。無自覚にタップして呼び出していた「藤堂」への電話に、出ないでくれと願ったのに届いてしまったその声に、押し潰されそうになる。

『………藤堂、落ち着いて聞けよ』
《何改まって…、てか今何時だと思って》
『—————今、…病院にいるんだけど』

《は?》

『………奈緒子がっ…』










 藤堂が病院に着いたのは、連絡してから三十分も経たない内だった。集中治療室前の椅子に座り込んでいた自分と、その部屋を交互に見た藤堂の目はきっと一生忘れない。

『………何があった』

『…おれが連れ出した…ほんのちょっとのつもりだったんだ、目を離した隙だった、そしたらトラックが…』
『………奈緒子の母親は?』
『…まだ連絡取れてないって』


 どうしよう。


『………どうしよう…っ、藤堂どうしようおれあいつのこと…っ、どうしよう…っ』

 一丁前に被害者ぶって、目からは涙が溢れ出た。きつく握りしめすぎて爪の跡が刻まれた手のひらは氷のように冷たく、そのくせ(しき)りに胸を穿(うが)つ心臓はうるさい。
 身を縮こめて咽び泣く肩に感覚があったのは、それから少しあとのこと。怯えて震える顔で見上げた先、届くのは藤堂の落ち着いた低い声。


『…俺がなんとかする』

『………なんとかったって、』
『二人で口裏を合わせるんだ』
『…っ』

『お前は全部、』








 俺のせいにしろ。



「…藤堂はそう言って、本来おれが受けるべき罪を全部自分が(かぶ)ったんだ」


 あいつは白でおれが黒。

「刑事犯罪で言うー…、冤罪(えんざい)ってやつ? みんなまんまと騙されちゃったね。にしても相手が認知してる場合冤罪って呼ぶのかな」


< 369 / 385 >

この作品をシェア

pagetop