さよなら虎馬、ハートブレイク
「先輩!!」
「白けるから黙ってろ」
舌打ちに言葉を遮られ、その目に睨まれて体が自然と引き下がる。バスケットボールのカゴに背中を打ち付けた藤堂先輩は、座り込んだまま強く、それでいて弱々しく声を振り絞った。
「…なんでだよ智也…っ」
「なんで? お前がそれをおれに聞くわけ?
馬鹿すぎるでしょ藤堂。頭良いんだからちょっとは趣向を凝らしてよ」
これがおれだよ。
「…お前や奈緒子のそばにいてもずっと引け目を感じてた。それなりに頑張ろうとは思ったよ、変わろうと思ったんだ。でも駄目だった、一度白い目向けて来た連中に都合よく笑うなんて、だって馬鹿馬鹿しいだろ。人の顔色窺って生きるのなんてまるで媚びているのと変わらない。
だから今度こそ失わないようにって必死だった。間違えないもう二度と、そう、ずっと思ってたのに」
二人が手を取り合った日、
校舎の中から中庭で笑い合う二人を遠目に見た瞬間。
「…あの時おれのなかで、どす黒い何かが蠢くのを感じたんだ」
伏し目がちに告げる彼に、ふっと記憶が蘇った。それは前に電車で交わした智也先輩との会話の一節。
———智也先輩は、好きなひといないんですか
———いるよ
『…絶対叶わないひとだけど』
………このひとが見ているのは、もしかして。
「………ずっとひとりでいればこんな惨めな思いしなくて済んだんだ」
「…」
「お前を助けたばっかりに…っ」
怒りに震えた拳が、座り込んだ藤堂先輩に踏み込み、殴打となって飛ぶ。
「ッ、!」
「お前にわかるか」
自分に無いもの全部ぶら下げた人間に同情される落ちこぼれの気持ちが。
「お前にわかるか、」
よりにもよって自分が一番嫌いな類の人間に日陰に追いやられた人間の気持ちが。
「……お前におれの、」
立て続けに殴りかかる智也先輩の体が瞬間、弾き飛ばされた。そうしたのは先輩だ。何度も殴りつけられ血の滲んだ口元で、歯を剥き、乱れた黒髪の合間から鋭い眼を覗かせる。
「…甘えたこと抜かしてんな。自分にないもの持ってる人間に嫉妬して自分なんかって卑屈になって、お前の言い分はただの逆恨みだろうが」
「…もういっぺん言ってみろ」
「打破出来なかったのはお前のせい。状況に甘んじて踏み出さなかった臆病者」
拳が言葉を遮った。
倒れ込んだ先輩の胸ぐらを智也先輩が鷲掴む。
「おれだってずっと…—————ずっと、奈緒子のことが好きだったんだ!」