さよなら虎馬、ハートブレイク
 

 智也先輩と藤堂先輩が本音をぶつけ合い、取っ組み合いの喧嘩をしたあの日から二ヶ月。

 1年生である私たちは自由登校の3年生とは違い毎日学校に登校し、あのあと事件があった体育館倉庫にも何度か訪れたけれど、当然そこにあの日の形跡は何も残っていなかった。
 どうやら、あの日のことは誰にも気付かれてないらしい。

 あと、これは最近聞いた話だけれど、智也先輩は自身が目指す「外交官」の夢を果たすため、卒業を待たずに海外に留学したそうだ。
 決まったのは卒業式の数日前とかで、教員も聞いたときは酷く驚いていたらしい。かくいう私も、しばらくは頭の整理が付かなかった。

 お別れは言えなかったけれど、もう二度と会えないわけじゃない。奈緒子さんが二年半の眠りから目を覚ましたように、世の中にはどうにもならないこともあれば、目を疑うような奇跡だって実在する。

 そして私たちは、その可能性を大いに秘めている真ん中の世代だ。










 まだ寒さの残る春の始まり。
 3月9日。


《続いて、卒業生答辞》


 今日は、翔青(しょうせい)高校の卒業式。


 司会進行の合図後ややあってから、答辞を行う生徒がスッと登壇する。予定では生徒会長を兼任している、3-Bの学級委員長だと聞いていたのだが。
 突如として現れた前置きなしのそのひと(・・・・)のご登場に、体育館内がザワザワと騒めき出す。

 いつもは心なしか着崩していた制服を今日に限ってはぴっちりと着こなして、下ろした前髪は好印象を得るため程よく無造作を演出し。伏せた長い睫毛を震わせて、館内の女性陣全員を百発百中で恍惚(こうこつ)とさせるルックスのその持ち主。

「待って無理なんだけど待って待って無理泣く泣く泣く泣くイケメン過ぎて吐く」
「見るな…! 見たら(はら)むぞ」
「あれが翔青高のイケメン名物…? ご利益半端なくない? 手ぇ合わせとこ」

《静粛にお願い致します!》


 司会進行のツッコミあってから、咳払いを一つ。


—————————藤堂先輩はくすりと微笑んだ。


< 378 / 385 >

この作品をシェア

pagetop