さよなら虎馬、ハートブレイク
「だからもう少しきみは自分を好きになれ、自分を認めてあげろ。オズちゃんは、オズちゃんが思ってる以上に素敵な女の子だよ」
瞳の奥、くすぶっていた感情は、見透かされたのだろうか。
わかるのは、ただまっすぐ、まっすぐに心をぶつけてくる誰かに逃げないで向き合うべきだと教えてくれたのは、彼だということ。
「だから自分のこと“なんか”とか言わないの」
ほんの少し眉を下げて、切なげに笑う姿に、私はまだまだこんな風には誰かのために笑えないと思う。それでも、いつか壊れそうな誰かに寄り添えるよう、他の誰かに笑うため、
こんなどうしようもない自分を好きになりたいと思った。
「じゃあ、先輩も1つ約束してください」
「はいはい何ですか」
「やめてくださいね、もう。私のために自分のこと安売りするの」
「別に安売りしたつもりは…」
「なくてもそう見えるんですよ。それで女のひととイチャつく口実にされて胸糞悪いのは、こっち」
「…」
「な、なんですか」
隣からじっと見据えられたら、気付かないふりをするのにも限界がある。赤い目でキッと睨んで振り向くと、ニヤついた先輩と目があった。
「いや? ヤキモチかと思った」
「はぁ!?」
「嫌なら嫌って素直に言えよも~」
「あんたがどこの誰と何してようが私には関係ない!」
「わかったよ。とりあえず俺はオズちゃんに操立てればいいんだろ? 楽勝楽…いや待てよ俺オズちゃんとちゅーするまで誰ともキス出来ないの…え、辛い。無理だわ断食より辛いわオズちゃん早く克服してお願いします」
「もう突っ込むのも面倒くさい…」
半目で呟くと、チャイムが鳴った。
次の授業開始の予鈴だ。その音を聞いて、先輩はおもむろにベンチから立ち上がる。
「先輩」
「んー」
「安斎先輩は…貴方に」
「知ってるよ」
安斎先輩の抱いた想いを、私は知ってる。その心が恋じゃなくても、振り向かない目標に不安を抱くことなんて誰にだってある。
一瞬脳裏をよぎった背中が、ここにいる先輩と重なった。この一言がきっとみんな欲しいんだ。だから必死にもがいてる。先輩の一言を聞いて、それだけで私が救われたみたいに思えるんだから、なんだかおかしい。
「安斎先輩は、あなたに気付いて欲しかっただけです」
「…」
「せめて、優しくしてあげてください」
先輩の手が、空に掲げてフォトフレームを象る。その中に映し出された青を覗いてみると、白い雲が流れた。