さよなら虎馬、ハートブレイク
なんてことはない素振りでこめかみを掻き、羨ましいやらなにやらと優男は言っている。その仕草を首をすくめたまま見上げていると、不意にぐらりと体が揺れた。まずい。世界がちかちかと揺れだしたのだ。
それは偏頭痛の前兆とも似た光。視野の、片方だけがちかちかとフラッシュして、そのまぶしさに目眩を起こすと、真っ直ぐ立っていられなくなる。
さっき。絡まれていたとき、男たちに肩を触られたからだろう。
はたからすればたったそれっぽっちでも、私からすると非常事態。触れたあたりが火傷のように熱を持って、視界が赤や緑に変化する。
耐えられずに思わずしゃがみ込んでしまうと、空から驚いたような男の声が降ってきた。
「え、おい」
私を助けた通りすがりの優男、それをここで仮にAと呼ぶ。Aは通りすがった若い女性と目が合うとにこりと笑って手を振って、それからしゃがみこんだ私の隣に同じように屈むと、下手な手付きで背中をさすった。最悪だ。
「どした? 怖かったのか? だな、わかるよ、初ナンパとかだとね、俺も女の子だったらそうなるかも」
「…」
「よーし家まで送ったげよう、物騒だから、えっと家どっち?」
「…」
「…あの、さすがにちょっとだんまり決め込まれると話が進まない…っつか、この俺でもなにもしてあげられな」
「ぉえっ」
「!?」
その日。私は生まれて初めて、人の靴に戻してしまった。