さよなら虎馬、ハートブレイク
 
「そういや今日の全校集会、新しく赴任になる先生の話題でもちきりだよ。なんでも前任の保健医が産休に入るからその代わりだって」

「あー福井(ふく)ちゃんな。お腹おっきかったもんなー」

「噂じゃ相っ…当美人だって話」

「あたたたた俺ちょっとお腹痛いすぐトイレ行けるように前の方行っとこ」

「鼻の下伸びてんぞ」


 そもそもトイレは入り口側だ、と藤堂先輩の肩に手を置いて行く手を阻む智也先輩はさすが、先輩の対応に慣れている。片や彼は懲りもせずにいやお腹が、とかほざいていて下心丸見えだ。

 そうこうしてる間にもぞろぞろ、と随分体育館に人が集まってきた。私もそろそろ自分の列に戻らないと。

「じゃあ、私行きますね。智也先輩失礼します」

「うん、またね小津さん」

「いやちょっ、俺への挨拶は? オズちゃん! ちょっと! カムバック!!」

「あ。あれじゃない新任保健医」

「どこ」

「切り替え早いなお前…」







 1年の列に戻り、出席番号順に並ぶ。列を成した生徒たちは週始まりの朝にあくびをこぼしていて、私もそれがうつってあくびをしていると、放送部員の声がマイクから届いた。

《それでは、全校集会を開始します。

 まず始めに、今日は産休に入られた福井《ふくい》先生の代理で本校に赴任されました、新任の先生のご挨拶です》

 新任の先生、の言葉にそれまで寝ぼけ眼だった生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。放送部員の言葉を受けて、舞台袖で待機していた茶髪ショートヘアに白衣の女性は、伏せていた視線を上げ、壇上へと(おもむ)く。

 襟元のくれた赤のインナーに、黒の膝上タイトスカートから覗く長く白い美脚は、一見して教師と呼ぶには色気がだだ漏れて過ぎている気がする。

 凛とした空気を纏った彼女は白く細い手でマイクを持つと、真っ直ぐな瞳で私たち生徒を一望した。


《前任の福井先生に代わり、本日から本校に赴任となりました、

 保健医の鬼頭《きとう》です。

 ——————よろしくお願いします》


 冷艶清美、閉月羞花。

 保健医の枠に当てはまるにはあまりに美しすぎるその容貌に、会場にいた誰もが思わずぎゅっと息を呑んだ。


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