さよなら虎馬、ハートブレイク
「先輩が突然押し倒してくるからじゃないですか」
「助けたつもりなの、俺は!!」
そう、それはついさっきのこと。野球ボールが空から降って来たあの瞬間。先輩は棒立ちになる私を突き飛ばし、自らも横に倒れてボールを避けようとした、が、実際。
私を突き飛ばした先輩は、勢い余って私をそのまま地面に押し倒し、
私は突然倒れてきた先輩に驚いて彼を押し返すと同時に、その勢いで左頬を蹴っ飛ばし。
その反動で、先輩が近くの柱に右の額を強打して、
奇しくも、流血沙汰となった現在へと繋がるわけだ。
私は痴漢にでもあったみたいに過剰反応してしまうわ、先輩は地面でのたうち回っているわで、駆けつけた人たちが目を丸くするのも無理はない。ほんっとうに恥ずかしい。恥ずかしくはあったけど。
「あんなミラクルあるんですね、我ながら驚いた」
「関心してる場合!? 流血沙汰になってんの! 柱コンクリだからじくじく痛むしお先真っ赤、いや真っ暗だ!!」
「でもお陰で保健室行く口実出来たじゃないですか」
「それちょっと俺も思ったわ」
フフフ、天が俺の味方をしている……とか先輩は早くも切り替え、不敵な笑みを浮かべている。が、血が滲んだ顔じゃ洒落にならないし、少し凄むだけでも超怖い。先輩は平気そうにしてるけど…これ、痕残ったりしないんだろうか。
「…ごめんなさい、元はと言えば私がぼんやりしてたから」
「ほんとにな。君もうちょい瞬発力鍛えた方がいいよ。俺がいたから良かったものの女の子の場合顔、傷付いたら洒落にならんよ」
「どうしよう先輩の顔に傷残ったら、顔面だけしか取り得ないのに…!」
「誰かーこの子に藤堂真澄の良さみについて90分の集中講義実施してー」
半目で誰もいない廊下に向かって投げかける先輩に、さっきの自分が放った言葉が思い出されてちく、と痛む。何がぼんやりしてたから、だ。どれもこれも本当は私がくだらないことで先輩に突っかかっていったからだ。
先輩は私のために提案してくれたのに。
「…怒ってないから気にすんな」
「でも」
「え、じゃあほっぺにちゅーしてくれたら許す」
「グーでいいですか」
「いやなんで拳握ってんの?」
ちゅーの概念わかってる? 殴ろうとしてるよね、とかなんとか。押し問答を繰り広げているうちに、保健室に辿り着いた。本棟一階、廊下の突き当たりに面したその場所は、昼休みだというのに妙な静けさに満ちている。