さよなら虎馬、ハートブレイク
   
「血、止まりました?」

「一応は。ごめんな、オズちゃんのハンカチ汚しちゃって」

「元はと言えば私のせいだから。気にしないでください」

「あ。そういやハンカチで思い出したけど。前オズちゃんに貸したタオル、持ち主に返してくれた?」


 タオル。何のこと、と口にしかけてはっとする。

  というのも、以前安斎(あんざい)先輩にトイレで水を吹っかけられた時、藤堂先輩が私に差し出してくれたものだ。元々はうちのクラスの女子が先輩に使ってもらうため、親衛隊の目を盗んで手渡したものだったはず。結局親衛隊には見つかって腕に熱湯をかけられる制裁をくらうわ、先輩は先輩で悪気はないとは言えタオルを使いもせずに私に渡すわで、その子には悪いことをしてしまった。

 確か名前は……柚寧(ゆずね)ちゃん、とか言ったか。


「や、まだです」

「何やってんのも~借りたものは早く返しなさい」

「元々は先輩が借りたものでしょう! てかその子だって私から戻ってきたら意味わかんないじゃないですか」

「口実だよ口実! オズちゃんもう入学して二か月経つってのに友だちの()の字もいねーじゃん。タオル返したきっかけで、もしかすっとその子と仲良くなれるかもしんねーよ?」


 う、確かにそれも、そうなのか?

  最近先輩といて恐怖症克服のことばかり考えていたけれど、別に女友だちを作っちゃいけないなんてルールはなかった。ただ私はこんな性格だし、クラスのグループは先輩が言う通り二ヶ月の月日を経て確立されつつある。今この瞬間をも逃したら、ますますクラスの輪に馴染みにくくなるだろう。今更感めちゃくちゃ(いな)めないけれど。

 考え事をしていたせいでノックもなしに扉に手をかけて、思い切りガラガラと戸を開く。


「人の良心に付け込んで飛びかかってくるとはどういう了見だ、え?」

「ギブギブギブギブ」


────────そして、ぴしゃんと戸を閉めた。


「…」

「…」

「…オズちゃん」

「はい」

「今俺……新任保健医に腕挫十字固(うでひしぎじゅうじがため)を繰り出されている男子生徒を見た気がするんだけど気のせいだろうか」

「奇遇ですね。私もです」


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