さよなら虎馬、ハートブレイク
左手は、添えるだけ。
どこかで聞いたことのあるフレーズに一瞬首を傾げ、言われた通りボールを宙に放つ。
背後に立った先輩の手が、不意に私の手に触れそうになる。思わず身を縮め、すかさずシュートを放つと。
パシュッ
と。ボールがネットを潜り抜けた。
「ぁ」
入っ、た。
「入った!」
思わずぱあ、と目を輝かせて振り向くと、それを見届けていた先輩もまたにこ、と微笑んだ。
「言ったろ、理屈派もアリだって」
───その日を境に、藤堂先輩…いや、藤堂コーチよる一週間の放課後バスケ猛特訓の日々が幕を開けることになった。
具体的な練習内容は、ボールに慣れること、主にシュート練習。
というのも、初心者かつ球技壊滅的な私が数日でコートを駆け抜け、仲間にパスを繰り出すまでになるのは至難の技。よってパスを受けたとき確実にシュートを決められるよう、手技を固めたほうがいいという先輩の提案からだった。
とは言え、スタート地点が他人より二歩も三歩も遅れている私だ。球技大会までの体育の授業では相変わらず人並みの練習の成果を発揮できることはなく、そうこうしてる間にもあっという間に球技大会の前日になっていた。…
「さて」
ここ一週間、体育教師の目を盗んでよく使用禁止の体育館を利用出来たと思う。
いつも通り、軽いアップを済ませてシュート練習に励もうとしたら、先輩がボールを手に取り私の前に立った。
「んじゃ俺が今からディフェンスするから、とりあえずオズちゃんは俺からボール奪おうとしてみて」
「え…は!? な、きゅ、急にそんなの無理ですよ今までシュート練習しかしてこなかったのに!」
「だからこそだよ。ここ数日やり続けたシュート練習のお陰で、ボールにはある程度慣れたしシュート率も格段に上がった。それでも実際試合になると動けなきゃ意味ないし、体育の練習なんかでそんな自覚しなかった?」
ぐ、こ、こやつ。見抜いてやがる。…つか目ざとい。
「ハンデとして、俺は左手しか使わない。利き手の右は封印ね」
「そういう問題じゃなくて!」
右手を制服のポケットに突っ込むと、左手の指でバスケットボールを回す先輩。その様子を見るに、利き手がどうとか関係ないように思える。それに、私たちにはそれ以上の障壁があるじゃないか。