さよなら虎馬、ハートブレイク
「俺はボールを奪おうとしてっつったんだ。ボールに触れられたらそれでいい。実際試合すんのは女子だし、男ってだけでオズちゃんにとっては大問題だもんな。
けどここで体格差のある俺に慣れとけば、本番で余裕が出るのは必然」
「…こじ付けてますよね、私の恐怖症克服と」
「そうとも言う」
自分の前に来るよう私を手招きする先輩。視線を外してぎゅうと目を閉じたまま、顔を逸らして先輩の前に行く。すると、姿勢を屈めた先輩がニヤリと笑った。
「素直じゃん」
「黙れ」
「はいスタート」
「ぅあっ!? ちょっと!」
ボールを持った先輩が即座に私を抜け、一気に自分のゴールまで走るとシュートを決めてしまう。早くも、1点。
「ちょ、速いし!」
「手加減してないもん」
「しろよ! するでしょ普通!?」
「へーへー」
口を尖らせながら戻ってきた先輩が、もう一度位置に付く。向かい合わせでじっと前から見据えられるとやはり、これまでに感じたことのない距離と圧迫感で、萎縮してしまう。
「たじろぐな。俺じゃなくてボール見ろ」
「み、みみみ見てますよ」
「の、わりによく目があうね」
ふ、と吐息だけで笑われて、むっとする。先輩の手中で動くボールに意識を集中するが、やっぱりこの距離感に落ち着かない。体中から変な汗が噴き出す。瞬間、不意に先輩の視線が左に逸れた。て、ことは。
(───右、)
突如右に踏み込んだ先輩のボールに思い切って手を伸ばすと、一瞬、ほんの一瞬、だけど。
ボールに手が、かすった。
しかし、構わず私を抜けた先輩にシュートを決められてしまった。
「………だ、だめです先輩。やっぱり私、全然」
「今のだよ」
「…え、」
「俯瞰で見る、要は客観視。オズちゃんが俺と1on1するとしたら、そうなると思ってた。俺が男ってだけで萎縮してボールに集中出来なくなる、どうしても相手を意識する。すっげ根本的なことではあるんだけど、ついボールに集中しちゃいがちな視点を相手に切り替えるって実は難関だったりすんの。きみにはそれがすぐ出来た。俺が男だからね」
偉い偉い、と微笑まれ、ボールを頭の上で抱えてにぱっと笑うのは、さっきまでとは違ういつものアホっぽい先輩だ。なるほど、俯瞰、客観視。ふーんと頷いてから、ん? と疑問符が頭の上に浮かぶ。
「いやでも、私初めから先輩のこと見てたのにさっきボール見ろって言いましたよね」
「えーそれはオズちゃんの熱視線に耐え切れず照れ隠しでぐはっ」