さよなら虎馬、ハートブレイク
球技大会
そして、球技大会当日になった。
高校入学後初めてでもある公式行事にみんなどこか浮き足立っていて、教室の黒板には《1-A絶対優勝!!》と言う文字がでかでかと書かれている。
今日は丸一日授業がなくて、簡単な朝のショートのあと、更衣を済ませた生徒からそれぞれの競技会場に向かうって段取りだ。
ぞろぞろ、と少しずつ教室から人がいなくなっていく中、既に体操服に着替えた私は「例のタオル」を持って自分の席に座っていた。
「うちらの試合、何時からだっけ?」
「B組とだから初っ端《ぱな》だよ、早く行かないと」
気がつけばもう、教室には私と、斜め後ろで会話をしている女子生徒三人組しかいない。
そしてその内の一人が、私が返さなくちゃいけないタオルの持ち主、常葉さんだ。
“タオル返したきっかけで、もしかすっと仲良くなれるかもしんねーよ?”
“出来なければ一週間昼飯ゴチになりまーす”
目を閉じると、先輩の言葉が浮かんでは消えていく。
緊張のせいで、心臓が痛いくらいに胸を打つ。手汗が滲んで、薄く開いた唇が、震える。
─────でも、言わなきゃ。
「柚寧ー、何やってんのはやくー」
「はーい」
「…あ、」
言わなきゃ。言うんだ。言う。
────────言え!
「あ、あのっ!」
久々に張り上げた声は、勢い余って上擦った。先に廊下に出た二人を追って、教室の扉の方へ今まさに向かおうとしていた彼女は、私の声に振り向き、目を見開いている。
「───こ、これっ!」
一気に常葉さんの元まで踏み込んで、手に持ったタオルを思い切り相手に突き出す。俯いたまま、目をぎゅっと瞑って。やがてタオルを相手が受け取ったとわかると、そろりと顔を上げる。
「…これ」
ふわり届く、花の香り。
そこで初めて正面から彼女の顔を見て、ギョッとした。
─────可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
小動物みたいなくりくりの目に、潤った桃色の唇。ほくろ1つない白い肌は頬だけほんのり色付いている。ふわふわの茶髪は後ろで一つに結われ、その先に赤いリボンが見えた。顔の輪郭をなぞるウェーブした後れ毛が、顔を傾けると少しだけ、揺れる。
こんな可愛い子、同じクラスにいたんだ。てかこんな可愛い子からもらったタオル、先輩はスルーしたのか!?