さよなら虎馬、ハートブレイク
「うー、ここからじゃよく見えない」
実際テニスコートまで行くのは気が引けてしまって、コートへ続く階段の上の方で目を凝らしてみるけど…だめだ。いくら視力に自信があったとしたって、さすがにコートで誰が試合してるかまでは見えな…
「迷子みっけ」
「!」
突然、スコン、と何かが後頭部に当たる。直後、ころころと転がってきたのはテニスボール。ムッとしてそれを拾うと、振り向きざまに投げ返した。
「もっと普通に声かけてくださいよ!」
「うわ」
「あれっ」
振り向いて、拍子抜けした。
そこにいたのは、先輩は先輩でも、藤堂先輩じゃなかったからだ。
青のジャージ姿の智也先輩は、私が投げたボールを片手に持っていたラケットで取ると、柔らかく微笑んだ。
「あ、ご、ごめんなさい、藤堂先輩だと思って」
「だろうね。あいつのこと見に来たの?」
相手が歩み寄ってくると、さりげなく距離を置く。高台から見下ろすテニスコートからじゃ人が1㎝くらいにしか見えないし、私も険しい顔で頷いた。
「でも残念。藤堂なら今ここにいないよ」
「えっ」
「サッカー行ってると思う。テニス初戦だったんだよね、勝つなり呼び出されて行っちゃった」
ラケットでテニスボールをバウンドさせながら言う智也先輩に、そうですか、と少し肩を落とす。でもだからってじゃあ、とすぐ駆け出すのもどうなんだろうか。仮にも彼は私に先輩の所在を教えてくれて、それ以前に彼の親友である。
…二人になったこと初めてだし何話せばいいんだろう。気まずい。よそ見をしてそんなことを考える私をよそに、智也先輩は相変わらずラケットでバウンドを繰り返している。
「…上手いですね」
「テニス部だから」
「え、似合う」
「似合うって何?」
はは、と声を出して笑う智也先輩につられ、私も少し微笑んでみる。
藤堂先輩を明るくて生命力に溢れた太陽に例えるなら、智也先輩は夜空に浮かぶ月、って感じだ。
この時間だってあのひとだったらめちゃくちゃ喋ってくるだろうけど、智也先輩はテニスボールを跳ねさせてるだけで、特に何の会話もない。
でも、それが苦って訳でもない。
トン、トン、とボールが地面を跳ねる定期的なリズムが心地いい。
明るい茶髪が陽の光を受けて、伏せたまつ毛の長さとかテニス部というわりにあまり日に焼けていない肌の白さとか。まるで女のひとみたいだな、とか思っていたら、
コートの方からピーッと甲高いホイッスルの音が鳴った。