幸せと隣り合わせの君に蜜
14話 雨と優しさ
人々の笑いや深刻な声。
それに混じってヒールや重い革靴の音がする。
駅で人の動きを観察するようにその場で周りを見渡していた。
腕時計を見ると19時になっていた。
「遅いな……」
一言消えそうな声で言う私の言葉は誰にも届かない。
それからずっと携帯を手に時計を何度も見る。
約束の時間は18時半。
今はもう19時半。かれこれ1時間は経っている。
私の待つ人はいつでも変わらなかった。
そんな時に、携帯にメッセージが届く。
急いでみると一彦からだった。
「ごめん。今日はいけない」
どれくらいその画面を見ていたかわからない。
でももうどうでもよくなっていた。
一彦には私のほかにも待っている人がいる。
私みたいに何時間と待たなくても自然と帰ってきてくれる人がいる。
そう思うと何の感情を持っているのかわからなかった。
駅から出ると、来た時には降っていなかった雨が人々を濡らす。
傘をさす人達の顔は見えない。傘だけが動いているかのような光景だった。
傘を持っていなかった私は駅のロータリーでただ人の流れを見ていた。
「寂しいよ」
また消えそうな声で言う私の言葉なんて聞こえていない。
もうこのまま歩こうかと足を踏み出した時私の腕がつかまれて全身に力が入る。
恐る恐るつかんでいるその手から上を見るとそこには結月がいた。
「びっくりさせないでよ」
「それ、二回目だね」
笑う結月を見て私は大きくため息をついた。でも不思議と嫌な気分がなくなっていった。
「傘、ないんでしょ。一緒に帰ろう」
「家まで知られたら困るからいい」
「じゃあ俺の家まで一緒に帰ろう。そしたら傘貸せるし」
不機嫌な顔を見せても結月はいつもこうだ。
けれど力が湧いてくるような気もしている。
それはきっと若さというエネルギーがあるからだろう。
こんなに汚れた大人とはさすがに違うんだなと思う。
「わかった。そうさせてもらう」
かなり強い雨を見て私は結月の傘の中に入る。
結月は帰るときも笑顔と会話を絶やさなかった。
それに対して私はうなずくことしかしていない。
それでも一緒にいる結月の気持ちがわからなかった。
その時、ふと前の出来事を思い出す。
『一目ぼれしたから』
さすがに本気にとらえられない私は自然と口に出ていた。
「なんでこんな私に優しくするの。遊んでるだけ?」
そんなこと言ったら普通は怒るだろうと思って言えない。
でも結月だったら大丈夫だと思っている私がいた。
「前にも言ったでしょ。一目ぼれしたって」
「こんなに年が離れているのに一目ぼれすることなんかないでしょ」
「そんなことないし、それにさとみんは他と違う」
そう言う結月の顔はいつもの笑顔とは違う。
なんだか大人になったように感じていた。
「どういうこと?」
「さとみんには意思がある。曲がらない強い意志が。だからこそ、仕事の時は仕事の顔をする。でも本当は強いフリをして実は弱い。意思があるからこそそこで葛藤する。それをぶつけられない」
「何が言いたいの?」
だんだんけなされているような気がして少し強い口調になる。
でも結月はまた笑って見せる。
「守りたくなった」
その時に見せた真剣だけど優しい微笑み。きっと忘れない。そう思った。
結月の家に着くと約束通り傘を貸してくれた。
「ありがとう」
そう言って去ろうとした。
「俺がいるから」
その一言に振り向いた。
「寂しい思いさせないから」
「え……」
結月の声は優しかった。
それを単純に受け入れられない私は戸惑う。
それを見てまた結月が笑う。
「じゃあまたね」
扉を閉めた結月の姿を扉が閉まっても見ているようだった。
「あの時、聞いていたんだ……」
結月は面倒だった。
年下だと思っていた。
でももしかしたら私よりも大人なのかもしれない。
そして、私を見てくれている人なのかもしれない。
受け止めるほど認められたわけじゃない。
けれど信じてみたくなる自分がいた。
それに混じってヒールや重い革靴の音がする。
駅で人の動きを観察するようにその場で周りを見渡していた。
腕時計を見ると19時になっていた。
「遅いな……」
一言消えそうな声で言う私の言葉は誰にも届かない。
それからずっと携帯を手に時計を何度も見る。
約束の時間は18時半。
今はもう19時半。かれこれ1時間は経っている。
私の待つ人はいつでも変わらなかった。
そんな時に、携帯にメッセージが届く。
急いでみると一彦からだった。
「ごめん。今日はいけない」
どれくらいその画面を見ていたかわからない。
でももうどうでもよくなっていた。
一彦には私のほかにも待っている人がいる。
私みたいに何時間と待たなくても自然と帰ってきてくれる人がいる。
そう思うと何の感情を持っているのかわからなかった。
駅から出ると、来た時には降っていなかった雨が人々を濡らす。
傘をさす人達の顔は見えない。傘だけが動いているかのような光景だった。
傘を持っていなかった私は駅のロータリーでただ人の流れを見ていた。
「寂しいよ」
また消えそうな声で言う私の言葉なんて聞こえていない。
もうこのまま歩こうかと足を踏み出した時私の腕がつかまれて全身に力が入る。
恐る恐るつかんでいるその手から上を見るとそこには結月がいた。
「びっくりさせないでよ」
「それ、二回目だね」
笑う結月を見て私は大きくため息をついた。でも不思議と嫌な気分がなくなっていった。
「傘、ないんでしょ。一緒に帰ろう」
「家まで知られたら困るからいい」
「じゃあ俺の家まで一緒に帰ろう。そしたら傘貸せるし」
不機嫌な顔を見せても結月はいつもこうだ。
けれど力が湧いてくるような気もしている。
それはきっと若さというエネルギーがあるからだろう。
こんなに汚れた大人とはさすがに違うんだなと思う。
「わかった。そうさせてもらう」
かなり強い雨を見て私は結月の傘の中に入る。
結月は帰るときも笑顔と会話を絶やさなかった。
それに対して私はうなずくことしかしていない。
それでも一緒にいる結月の気持ちがわからなかった。
その時、ふと前の出来事を思い出す。
『一目ぼれしたから』
さすがに本気にとらえられない私は自然と口に出ていた。
「なんでこんな私に優しくするの。遊んでるだけ?」
そんなこと言ったら普通は怒るだろうと思って言えない。
でも結月だったら大丈夫だと思っている私がいた。
「前にも言ったでしょ。一目ぼれしたって」
「こんなに年が離れているのに一目ぼれすることなんかないでしょ」
「そんなことないし、それにさとみんは他と違う」
そう言う結月の顔はいつもの笑顔とは違う。
なんだか大人になったように感じていた。
「どういうこと?」
「さとみんには意思がある。曲がらない強い意志が。だからこそ、仕事の時は仕事の顔をする。でも本当は強いフリをして実は弱い。意思があるからこそそこで葛藤する。それをぶつけられない」
「何が言いたいの?」
だんだんけなされているような気がして少し強い口調になる。
でも結月はまた笑って見せる。
「守りたくなった」
その時に見せた真剣だけど優しい微笑み。きっと忘れない。そう思った。
結月の家に着くと約束通り傘を貸してくれた。
「ありがとう」
そう言って去ろうとした。
「俺がいるから」
その一言に振り向いた。
「寂しい思いさせないから」
「え……」
結月の声は優しかった。
それを単純に受け入れられない私は戸惑う。
それを見てまた結月が笑う。
「じゃあまたね」
扉を閉めた結月の姿を扉が閉まっても見ているようだった。
「あの時、聞いていたんだ……」
結月は面倒だった。
年下だと思っていた。
でももしかしたら私よりも大人なのかもしれない。
そして、私を見てくれている人なのかもしれない。
受け止めるほど認められたわけじゃない。
けれど信じてみたくなる自分がいた。