【完】淡い雪 キミと僕と
それからは、開き直った。

港区で築き上げた人脈はほぼ切った。

ぷつりと突然切れたとしても、友達だったあの子も、わたしを好きだといったあの男も、何も言わなかった。

友達の代わりは沢山いただろうし、男にとってわたしのような女の代わりも掃いて捨てるほどいただろう。誰も引き止めもしない薄っぺらな人間関係。けれどそれを築き上げたわたしだって、薄っぺらな人間に過ぎない。

誰にでも良い顔をしなくなった。

会社であろうと仮面をつけ続け、会社のマドンナ山岡美麗を演じ続けた。わたしはもう、そんな自分には疲れ切ってしまっていたのだ。

ワンピースは可愛いけど動きにくいし、朝っぱらから髪を綺麗に巻くよりは、寝ていたい。化粧は男ウケの良いピンク系で統一していたけど、雑誌で特集の組まれた大人ベージュだって使いたいし、赤いリップにだって挑戦してみたい。

わたしは何の為に、誰の為に、生きてきたのだろう。全く持って、自分を生きてきてはいなかったような気がする。

だって幼き頃夢見たアナウンサーにもなれなかったし、女優にはモデルにもなれなかった。

だから手っ取り早く幸せになれるお金持ちとの結婚を夢見た。けれど、誰かに幸せにしてもらう事が、果たして自分の幸せだったのだろうか?


有難い事に、井上さんは少し気まずそうに、だけれど普通に接してくれるようになった。ある日の会社の新年会でも、普通に話をしてくれた。

自分を隠し、演じる事を止めた今、どうせならば幻滅して欲しかった。

山岡さんって意外に女らしくないし、可愛げなかったんだぁって。そしたら諦めだってつくもんだ。

けれど、彼は…わたしはワインなんかよりビールの方が好きだと言えば、俺もだよ?と不思議な顔をして言い放ったのだ。

わたし達は、お互い何をやっていたのだか、と顔を見合わせて笑い合う事も出来た。

演じる事を止めた途端、互いに本当の笑顔を向ける事が出来たなんて、なんという間抜けな話だろう。

わたしはわたしのまま、彼に真っ直ぐに向かい合っていれば良かったのに…。


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