【完】淡い雪 キミと僕と
彼の携帯がけたたましい着信音を刻む。雪と遊んでいた手をぴたりと止め、携帯の画面を見たと同時に険しい顔をした。
一旦鳴りやんだかと思えば、再び単調なリズムを携帯は刻む。
「うっさいわね、出ればいいでしょう?」
そう言ったら、画面に目を落としたまま深く大きなため息を吐きやっと出る気になったようで通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
いつもより1トーン高い、よそ行きの声。一瞬仕事かな?と思ったけれど、次に彼が口にした言葉は…。
「あぁ、菫さん。勿論分かりますよ。ハハッ、大丈夫です、全然」
菫?
女の名前だ。しかも楽しそうに笑って話している。その’ハハッ’は作り笑いだと直ぐに分かったけれど。
彼にはきっと特定で付き合っている女性はいない。セフレなんかは沢山いると思うけれど、けれどわたしの家で、女性の電話に出た事は今までない。
聞いてない振りを決め込んで、耳がその電話に集中しているのに気が付いた。
「申し訳ないです。少し忙しくって」
「えぇ、篠崎社長とはよくお会いしていますよ。よく会社にいらっしゃいますから」
「そうなんですか?ミュージカルですか?余り拝見はした事がありませんが」
「それは菫さんの都合で。ちょうどとりごやにも久しぶりに立ち寄りたかった所ですし」
「えぇ、では楽しみにしています」
「はい、おやすみなさい」
ミュージカル?とりごや?とは何だ。
’おやすみなさい。’最後に言った言葉は聞いた事がないほど優しいものだったが、電話を切るなり彼はさっきと同じ深く大きなため息を吐いた。
ちらりとこちらを向いたから、思いっきり顔を横に向けた。盗み聞きなど質が悪いと言われかねない。
それでもわたしはその電話を耳を大きくして、一言たりとも聞き逃さないように集中していた。
それでも何とも思っていない。と言った口調で彼に訊ねる。