【完】淡い雪 キミと僕と
9.大輝『美麗…助けてくれ…』
9.大輝『美麗…助けてくれ…』
うちの会社で現在最も売り上げを伸ばしている、とあるレジャー施設に隣接されている観光ホテル。
本日火曜日午前中、父親と共に用事で訪れた。
白い洋館風の美しい佇まい。ぐるりとホテルを囲む間に庭があって、噴水と、これまたヨーロッパ調の白い椅子とテーブルが並ぶ。木々と季節によって色が変わる大きな花壇。
中に入っている飲食施設の件で今日は会議にやって来た。
俺と父が支配人に案内されながら施設内を歩いていると、数々の従業員が頭を下げる。どのホテルに行ってもよく見かける光景だ。そしてこれが中々滑稽だ。
’社長と息子だよー?’等噂話をしているのだろうか。施設内にはお客様も沢山いらしていた。彼らはお客様より優先的に俺たちに挨拶をしているように見える。
そういうの、昔からおかしいと思っていた。ここでの主役は間違いなくここに来てくれたお客様で、俺たちはそんな彼らに満足感や楽しさ等を提供している側である。
会議を終え、父はフーっと大きなため息を吐きながら館内を見渡す。
「どこにいっても疲れる」
「お疲れ様です」
「不思議なもんだな。まるで俺たちの方がお客さんよりもてなされているようだ」
父が、自嘲気味に笑った。
俺が思っていたと同じ疑問を彼も口にするのだ。
「そういえば訊きたい事があるのですが」
「何だ?」
「昔、あなたとお母さんと幼い頃…北海道で旅行へ行ったのをこの間思い出したんですけれど」
父は眼鏡の奥の瞳を大きくした。
そして頷きながら、まるで思い出すかの様に「あぁ。そういった事もあったか」と言う。
そしてはっきりとした口調で「夢かぐらの事か」と言った。
意外な事に、こんな父親でも、幼き日のたった一度の旅行の事については覚えていたらしい。