【完】淡い雪 キミと僕と
そんな事を考えながら車を走らせていたら、あっという間に病院にはついた。
大きな病院にはさまざまな科が入っている。けれど精神科というのは他の病棟とは少し勝手が違う。
母の病状は良くなったり悪化したりを繰り返している。幼い頃からそれは変わらず。
看護師に面会を伝え、母の入院する個室の場所を聞く。
母は解放病棟の方に入院しているが、閉鎖病棟はもっと面会が難しいらしい。施錠も入念だし、扉1枚常に開け閉めをする。面会室でしか面会が許されない場合もある。
トントン、とノックをして扉を開けると、ベッドに腰を掛けてボンヤリと窓を見つめているひとりの女性。
こちらを振り向いたら、やっぱりとボンヤリとし、少しだけ虚ろな瞳でこちらを見つめる。
長く黒い髪。透き通るほど真っ白な肌には生気が全く感じられず、少しだけ茶色がかった瞳はこちらを見つめているというのに、何も映していないようにも見える。
「あぁ…大輝…」
思い出したかのようにその名を呼んだ母の表情は、お世辞にも嬉しそうではなかった。
少しだけこちらに目を合わせたかと思うと、ふいっと直ぐに窓の方へ再び視線を戻した。
俺は、この人の笑った顔を見た事があっただろうか。記憶の中では、無い。
幼き頃から鬱々としたような人だった。それが元々の気質だったのか、それとも後天的な何かの理由でそうなったかは聞いた事はない。
殴ったり蹴ったりする時だけ、怒りの感情を表すような人だった気もする。それ以外の母は、いつもどこか遠くを見ていて、心の中は空っぽのように映った。
見た目が病弱で少女のような人なのは、昔とは変わらないが。細く白い手の甲には、年齢なりの皺がある。
ふと美麗の母親の事を思い出した。この人とは全く正反対と言っていいほどの。
元気いっぱいでいつも笑っていて、丸々と太っていて、そんな美麗ママの少しだけ焼けた手の甲は彼女のように繊細ではなく、所々に染みと皺があった。