【完】淡い雪 キミと僕と
「調子はどうですか?」
「普通」
「そうですか、なら良かった」
「あなたも元気そうで」
「えぇ…まぁ…」
実の親子だというのに全く会話が続かない。
悲しい沈黙が部屋を取り囲む。そこには、うっそうとした寒々しい空気が流れるばかり。
何しに来たというのか。自問自答に苦しむ。
美麗の両親と少しくらい仲良くなったからと言って、母と今更仲良しこよしの関係を築ける訳ではない。
だって俺に背を向ける、彼女の後姿が全てを拒絶していた。
「’夢かぐら’を覚えていますか?」
その言葉に、母の右手がぴくりと僅かに動く。そしてゆっくりとこちらへ振り向く。
やっぱりあまり嬉しそうな顔はしない。無表情というのか、眉のひとつも動かさずぽかんとした顔でこちらを見つめるのだ。
「夢かぐら、懐かしい。
わたしが1番好きだったホテルよ」
全く可笑しな話だ。心の通わない夫婦が、似たような事を言って見せるもんだから。
’好き’と言ったにも関わらずに顔は一切笑っておらず、ただ淡々と’ああ懐かしい’と独り言みたいに呟く。
「お父さんとお母さんとよく行っていたわ。
あなたとも確か一度だけ言ったような記憶がある」
母にとって’夢かぐら’はとても良い記憶に違いない。そう話す彼女の口調はとても優しく思えたから。
かといって、それは俺と父との楽しい思い出ではなく、自分の両親、つまりは俺の祖父母と彼女の中にあった楽しい思い出に違いない。母はきっと、両親にとても愛されていたんだ。
けれども、息子の俺の事は、愛せなかった。