【完】淡い雪 キミと僕と
「この間久しぶりに思い出したんだ」
「そう、あそこは料理が美味しいのよ。料理長がとても良い腕をしていて、そうそう支配人もとても素敵な人で、わたしとっても好きだったわ」
’好きだったわ’とぽつりと漏らす彼女は、まるで少女の初恋のように見えて、穏やかな顔をしていると、思った…。けれど母の良い思い出の中に、俺と父親の姿は全く見えない。
「お父さんも…夢かぐらが今でも1番愛しているホテルだと言っていた…」
「あの人が?そんな事を?」
さっきまで穏やかな顔をしていたかと思えば、皮肉めいた笑いを浮かべる。
「あれだけ大きいホテルを経営している男の息子が、夢かぐらを気に入るとは到底思えないけど」
「でも…言っていたよ…」
ねぇ、いつかもう一度一緒に行こうよ。お父さんも誘ってさ。子供の頃のように
だって俺には、あの頃の記憶が曖昧でよく覚えていないから、もう一度あのオブジェが見たいんだ。いとうがどれだけ大きい魚か、確認したいんだ。
だから、お母さんの病状が落ち着いたら、北海道なんて東京からそう遠くない。飛行機に乗れば1時間少しで行ける。だから一緒に行こう。
料理長のご自慢の料理も食べてみたいし、支配人がどんな人だったか確認したい。それに素敵なホテルなんだろう?ホテル業界の仕事をしている身ならば、大きい小さいに関わらずに素敵な経営者には会っておきたい。
言えない言葉だけが頭の中で絡まり合って、そしてやがて何も映しやしない真っ白な天井に消えて行った。
再び彼女が俺を見つめた瞳は、まるで汚い物でも見るかのよう。軽蔑の色で満ちていた。
「あなた、歳を重ねるごとに祐樹さんの父親にそっくりになっていくわね……」