【完】淡い雪 キミと僕と
祐樹は父の名で、その父親は祖父の事だ。
心底憎らしい物を見つめるように顔を歪ませる母は、幼き頃俺を虐待していたあの顔によく似た顔つきだった。
目を離したかと思えば、フーっとゆっくりと息を吐き片手で顔を伏せた。
そして一言だけ冷たく言ったのだ。
「あんたなんて産むんじゃなかった」
と。
どうやって病院から出たかは余り覚えていない。
病院から出た後はひたすら車を走らせて、気づけば辺りが暗くなっている事に気が付いた。
’傷つかないよ、今更。’頭の中で誰かの声が聴こえた気がした。
自分の身に降りかかった事なのに、どこか他人事のようでもあって、現実味を帯びない。
それでも考える事と言えば、自分なんて産まれなきゃ良かったのに、と何度も何度も。あの言葉を吐いた母への憎しみは少しも無い。むしろ同情をしてしまう程だ。
けれど、否定された自分自身は許せなかった。誰も自分を知らない場所に行って、隠して欲しかった。
適当に車を駐車させ、ふと窓ガラスに映った自分を見つめたら、どこか惨めったらしいよく知る男の顔が反射した。
小さき子猫に自分の身を重ねた。
母親に捨てられ、必要とされなくなった、みすぼらしく小さな子猫。
それは傍から見れば悲しいストーリー。
けれど、そんなストーリーが背後にあったとしても、雪はとても無邪気だ。生に執着し、生きたいと願い、独りになってもその命を諦めやしなかった。
そしてあいつはもう、みすぼらしい子猫なんかじゃなくなった。雪がそうであるのならば、俺もそうでなくてはいけないのだ。
いつまでも過去にしがみつき、ねちねちと引きずるだけじゃなく、ただただその命を燃やし続ければ良い。