【完】淡い雪 キミと僕と

「嘘だよ、んなもん」

「何だよ。何か欲しい物はないのか?
俺はお詫びがしたいのだ」

だから、そのお詫びって言葉がムカつくって言ってるの。

わたしは詫びられるような事はされたつもりはないわ。

でもあなたは悪い事をしたと思っているんでしょう?後悔しているんでしょう?わたしを抱いた事。全く気持ちのない女を抱いた事に、きっと彼は後悔していた。

「じゃあ、今日ランチに連れて行って」

「そんな物でいいのか?!」

「いいわ、それで許してあげる」

くるりと振り返ると、西城さんは心底ホッとしたような表情を浮かべた。

それとは対称的にわたしの心はズキリと鈍い痛みを刺した。

処女を失った事より、もっと大きな物を失ったような気がした。

「ランチとは言ったけれど、何故ノエールなんだ」

彼にリクエストしたのは、多分彼の婚約者になるであろう篠崎菫さんの父親が経営しているカフェ・ノエール。

外国の、小さなお菓子の家のような外観で、併設するケーキ屋さんには宝石箱のようなケーキが並んでいた。勿論ここにあるケーキをカフェで食べても良いらしい。

可愛らしい造りで、女の子が誰でも好きそうな夢の世界。この仕事に…彼の婚約者が携わっているんだ。それはきっとやり甲斐のある仕事だろう。



’甘い物は嫌いだ’そう言った彼はわたしが洗濯し乾かしたスーツのシャツを着ているけれど、頭はいつものようにセットしていない。男性のワックスなどうちには無い、と言ったら偉く不満そうな顔をしていた。

けれどセットしていない髪型はそれでそれで可愛いってもんじゃないか。それでも珈琲を飲む彼の姿は、この美しいカフェにとてもお似合いで、絵になっていた。

お気に入りのワンピースを着た。去年の物だけど、秋らしい薄茶色のワンピース。高い物ではなかったけれど、彼がプレゼントしてくれたショートブーツにはよく似合っていた。


< 310 / 614 >

この作品をシェア

pagetop