【完】淡い雪 キミと僕と
「じゃあね、ありがとう。雪の事よろしくね。ちゃんとゲージの中に入れておいてね?まだ心配だから…」
車を降りて、辺りを確認する。
知り合いにでも会ったら大変だ。だからこそ少し離れた場所に車を止めろと指示を出したのに、会社の前にわっざわざ止めやがって。送って貰って悪態をつくのもどうかと思うが。
ただでさえ目立つ高級車だ。それこそあらぬ噂を立てられたらたまったもんじゃない。
「あぁ、分かったよ。しつこいな。アンタは心配性が過ぎるぞ。雪も大分大きくなった」
「だって…雪に何かあったらわたしきっと生きていけない…」
「わーったわーった。きちんと山岡家に迎えに行き、ゲージの中に入れてくる。
だから君は安心して仕事をしてきなさい」
不躾な男であろうと、雪の事は心から大切にしているのは知っている。
だからこそ昨日だって夜少し留守にする位でもパパとママの家までわざわざ預けにいったのだもの。
「じゃあ」と彼に背中を向けようとした瞬間、腕が掴まれる。それは昨日のような強引なものではなくて、離したら直ぐに解けていってしまいそうな程弱々しい力で。
そして少し視線を落とし、静かに言った。
「今日、夜行くから」
「ああ…うん。まぁ…いいけど…」
なぁーにが、’まぁいいけど’だ。飛び跳ねて何度もジャンプしたい程嬉しい癖に。自分ながら、素直じゃない。けれど今更、彼の前でどう素直に接していいか分からないのよ。
どうでも良い人の前だったら、いくらでも良い顔が出来ると言うのに。