【完】淡い雪 キミと僕と

何も言わないのを了解と取ったであろう西城さんは「じゃあな!」と言って車を真っ直ぐに走らせていく。

その車が、信号の角を曲がり行くまでずっと見つめていた。

「山岡さん」

「ヒェッ!」

いきなり声を掛けられて、思わず変な声が漏れてしまった。

恐る恐る振り返り、声の主を確認するとそこにはスーツ姿のいつもと変わらない井上さんが立っていた。

180センチを超える長身の彼を見上げると、太陽の下で爽やかな笑顔を向けて「おはよう」と言った。

相変わらず癒し系ですこと。

でも数か月前までは顔を見るのも苦しかった。彼を想い流した涙は決して無駄ではなかった。

だって今、素直に作らない笑顔をあなたへ向けられるから。

「おはようございます。何か久しぶりな感じね」

「そうだね。それにしても今日は天気良いね。冬になる直前の東京の気温って俺好きなんだ」

何気ない話をしながら、井上さんと並んで歩く。

やっぱり癒される。さっきまで西城さんと一緒にいたせいだろうか。あの男といると心臓が持たない。その内突然心臓発作で死んでしまうのではないかと思ってしまう。

それくらい、あいつは今心を揺らす存在になっている。

「ところでー…」

「え?」

「さっきの人は彼氏?」


井上さんのその言葉に動揺し、何もないアスファルトに蹴躓いて転びそうになる。

何とか踏ん張って、その場で堪えたら途端に息が上がっていく。


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