【完】淡い雪 キミと僕と
「美味しくないか?」
「え?全然美味しいけど。ビーフストロガノフなんてママも作った事がないからどんな味か知らなかったけど、意外に美味しいわね。
カレーとは全然違うわ。それに西城さんはやっぱり料理が上手だわ、わたしなんかよりよっぽど」
「そうか、ならいいが。まあ料理なんて本に書かれた文字をただ具現化するだけの物だ。そう難しいものではない。
けれどアンタの作ってくれた炒飯も中々旨かったぞ」
思わず微笑んでしまった。
わたしが素直で可愛げのない女であるのならば、この人だってよっぽどだ。
けれど伝わっている。不器用なその優しさは。井上さんのように素顔から優しさの滲み出ているタイプではなかったけれど、わたしには充分だった。
再びスプーンを手に取り、ビーフストロガノフをすくい上げ口へ持っていく。
そんな彼の姿に見とれている、時だった。
テーブルの上に置いてあった彼の携帯が静かに着信音を刻む。
見るつもりはなかった。目に入ってしまったという表現が正しいだろうか。けれどハッキリ見えてしまった。
青白い画面に浮かび上がる、’菫’と言う名が。
西城さんは携帯に手を掛けようとして、止めた。一瞬画面に目を落としたけれど、何事もなかったかのように再びスプーンを手に持つ。
1回ぷつりと途切れたかと思えば、再び掛かってきて鳴りやみそうにない電話。先に口を開いたのはわたしの方だった。
「電話出たら?ずっと鳴ってるじゃない」
返答はなく、不機嫌そうな顔をして携帯を手に持つ。けれど直ぐに機嫌の良さそうな声を装った。
彼の隣に立つ事が相応しい女性。嫉妬しても仕方がない。そう自分に言い聞かせて、目の前のビーフストロガノフにだけ集中しようとした。
誰よりも嫉妬する気持ちの苦しさを知っているのだから。