【完】淡い雪 キミと僕と
「美味しそうだし、雰囲気も良さそうだし、アンタにしてはちょっと意外な程ボロい旅館だけど
わたしはこういう雰囲気好きよ」
「喜んでくれて結構。アンタならそう言ってくれると思っていたよ。
それに北海道に行きたいといつか言っていたな」
それは全然付き合う前の、何気ない会話の中で出た話だった。
それを素直に覚えてくれていた事が、嬉しかった。
しかし彼の顔は余り浮かなかった。少しだけ思い詰めたように眉をしかめ、そして口を開いた。
「実は、幼い頃一度だけ両親と旅行したのは、この夢かぐらという宿だった」
「え…そうなの?」
一流家庭での旅行がこういった小ぢんまりとした旅館とは意外だ。
それは数少ない彼と家族との思い出だったのだろう。
「この間母に会った時に、夢かぐらが世界で1番好きな旅館だと言っていた。父もまた同様。
そんな思い出の場所でここの支配人と話した会話を思い出し、もう一度行って見たくなった。
父に支配人に連絡を取ってもらい、客室露店がついているこの宿じゃあ1番上等な部屋を用意してくれた。
幼い日の思い出をアンタと共有したいと思い勝手に決めてしまったんだが…」
事後報告は確かに気に食わなかった。しかし自分勝手はいつもの事。
それに幼い頃に家族と訪れた思い出の場所、それを共有したいと思ってくれる事は嬉しい。
だってわたしにはまだ、あなたの知らない所が沢山あると思うから。