【完】淡い雪 キミと僕と
少しだけ油断していた。今日はもう来ないんじゃないかと。いや、もう来ないのではないのかと…。
けれど隣で歩く千田ちゃんがぴたりと足を止める。
視線の先、会社の入り口前に黒い高級車が止まっている。運転手が車の扉を開けたと同時に紺色のスーツを着た恰幅の良い初老の男性がゆっくりと降りた。
白髪混じりの黒髪をオールバックにしていて、茶色の眼鏡をかけている鋭い眼光を持つ人だった。
千田ちゃんはわたしのコートの裾を少しだけ引っ張り、小声で「あの人です」と呟いた。
とてもオーラのある人だと思ったものだわ。
今まで港区界隈で様々な社会的ステータスを持っている男性を見てきた。
けれどその誰よりもオーラのある人だと思った。立っているだけで人を威圧させる力を持っている。地位も名誉も全てをこの手に収めた、少しだけ傲慢さも感じる男だ。
…確かに、西城さんによく似ている。目の奥に宿る鋭さとか、けれど彼が持つ優しさは余り感じられなかった。
「千田ちゃん、先に帰っていて」
だってあの人はきっとわたしに用があるのだ。
「でも…大丈夫ですか?」
心配そうにこちらを覗きこむ千田ちゃんの瞳は余りにも優しすぎた。
思わず笑顔を取り繕い、こくりと頷く。…全然大丈夫なんかじゃなかった。今にも泣きだしそう…ちびりそうな位、怖い顔なんだもの…。
「大丈夫よ。気をつけて帰ってね」
「はい…何かあったら携帯に連絡して下さい」
まだ心配そうにこちらへ視線を送る。千田ちゃんはゆっくりと頭を下げて駅の方へ歩いて行った。