【完】淡い雪 キミと僕と
玄さんの言葉は意外だった。きちんと帰っているのか。俺の記憶が確かならば、父は余り家に帰ってこない人だったが…。
玄さんに通されるまま、屋敷の中へ入って行く。木造の懐かしい実家の匂いが鼻を掠める。
ところどころに置かれた装飾品は、祖父の趣味であった。
広いだけで人の出入りが余りないその家は、少しだけ薄ら寒い空間だった。リビングまで続く長い廊下、そこから僅かに甘ったるい匂いが立ち込める。
それに初めに気づいたのは、美麗だった。
「ん~ッなんか良い匂いがする」
鼻の利く女である。
振り返った玄さんが美麗へ優しく微笑む。
「奥様がケーキを焼いたのですよ。美麗さんの為に」
「え?!そうなんですか?!嬉しいッ」
耳を疑った。 母が、ケーキだと…?料理のひとつもまともにしなかったあの女が、ケーキを焼く…?しかも美麗の為に、俺の紹介したい女の為に。俄かに信じがたかった。
だだっ広いリビングには、暖炉があり
大きなソファーがテーブルを挟み向かい合っていて、これまた大きなテレビが設置されている。
全体的に茶色で統一された部屋。 ソファーでは父と母が並んで座っており、それは少し寄り添い合ってるようにも見えたから不思議なもんだ。
「やぁやぁ、よく来てくれたね」
立ち上がった父は美麗を見つめ、少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「こ、こんにちは!!
山岡美麗と申します。本日はお招きいただきありがとうございます!」
美麗は背筋をピンと伸ばし、深々とお辞儀をした。相当緊張しているらしくまるで動きがロボットのようで笑える。