【完】淡い雪 キミと僕と
「おい、」
声を掛けると彼は顔を上げ、「あぁ、」と一言だけ一瞥をくれ、そして再び手に持っていた分厚い書籍へ目を落とす。
仕事関係の書籍だろうか、しかし感じが悪い。
おかえりくらい言ったらどうなのか。まぁこちらだってただいまとは言わなかったのだが。自分を棚に上げてとは、正にこの事だろう。
わざとらしい位大きな音を立ててテーブルの上にホカホカ弁の袋を置くと、彼は少しだけ肩をびくりと揺らし再びこちらへとゆっくりと視線を移す。
そして少し遅れて「おかえり」と穏やかな表情を浮かべて言った。
自分の世界に入っている時は、ゆっくりと時間が流れるタイプなのだと理解。
そして何気なく目に入った手に持っていた書籍の表紙を見て、驚き思わず声を上げてしまう。
赤い帯には、150万部突破と白文字ででかでかと印刷されている。淡いオレンジ色の表紙には、この男には似つかわしくない犬やらパンダやら色とりどりの花のファンシーな絵柄。帯の文字と同じ白文字でポップな書体で描かれた本のタイトルは…
’しあわせ漢字を贈る 赤ちゃんの名前’と印刷される。
「アンタ…ついに…女を孕ませたの…?」
恐る恐るそう訊ねる。
赤ちゃんなど、どこが人間として欠落している男には似つかわしくないワードだ。それに付随する結婚というワードも彼のイメージには全く持って当てはまらない。
けれど結婚も赤ちゃんも27歳の男であれば不思議でも何とも無い。