【完】淡い雪 キミと僕と

「泣くなよ…」

そう言って、西城さんは鯖の切れ端をわたしの唐揚げ弁当の中にいれた。尻尾の方の、全く美味しくない部分を。

慰めのつもりだったのだろうか。しかしどこをどう見てわたしが泣いていると思ったのだろう。

慌てて自分の頬を触ったら、涙など一粒も流れていなかった。

「泣いてないですけど…」

目の前には、困り果てた西城さんの顔。頬杖をつきながら、その鋭いつりあがった一重の瞳を垂れ下げる。言葉を探すように少しだけ開けられた薄い唇。口が悪くて嫌な奴なくせに、たまにぶっきらぼうな優しさを見せる。

そういう所、ずるいと思う。

「泣いてるだろ。心が
ほら、猫も心配そうに言ってるぞ’美麗ちゃん、だいじょうぶ?’って」

全く、心が泣いている等という台詞をよくもまぁ恥ずかしげもなく吐けるものだ。

そもそも猫は喋らないのだ。ミャーやニャーやフーやシャーと言った言葉にもなっていない単語しか。

それでも魚の切れ端をいれたり、言葉を探したり、困ったような表情を浮かべて、こいつはこいつなりに気を使っているのはこんなわたしにだって理解ってはいるのだ。

西城大輝は、わたしがどれ程井上晴人を好きだったか、きっとこの世の誰よりも理解している人物なのだから。

これじゃあまるで、世界で1番苦手な人物に弱みを握られている気分だ。


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