企画作品集
「いえ。俺、今フリーなんです。彼女いないですから」
あっけらかんと言うその表情は楽しそうで、言っている台詞と妙にそぐわない。
「え? まじで?」
ま、まさかとは思うけど、そっちの方の趣味とか……。
「何ですか、その疑惑の眼差しは?」
「い、いえ別に、何でも」
何にせよ、私は惚れた腫れたはもう当分いい。女一匹29歳崖っぷち。
仕事に生きてやろうじゃないの!
「俺と付き合いませんか?」
「へえ、いいんじゃない……え?」
今、何か変な事を言わなかった? この人。
「どうも、俺のデキル上司は、直接ズバリと言わないと気がついてくれそうもないから、言います」
はい?
「付き合って下さい」
一秒。二秒。
頭の中、真っ白で、言葉が出てこない。
その時『ぷっ!』っと、沈黙を守っていたタクシーの運転手が、堪えきれないように吹き出した。
しまった! ここはタクシーの中だったんだ!
彼と一瞬顔を見合わせ、恥ずかしさで思わず顔から火が出そうになり、二人同時に下を向く。
運転手は「失礼しました」と、至極落ち着いた声で言うと、何やらカチリと操作した。
そして流れ出す、聞き覚えのあるクリスマス・ラブソング。
軽快なメロディーが上気した私の心を、優しく撫でていった。
――了――