キミのこと痛いほどよく分かる
「失礼します。」

カウンセリングする部屋に案内された。

中には、暁先生がいる。

きっと、色々きかれるに違いない。

「そんなに緊張しなくてもいいよ。
今日の検査について少しお話しするだけだから。」

「...はい。」

「そこに座ってくれるかな?」

言われるがままに席に座った。

先生は優しい顔をしている。

普段は無表情で冷たい感じの人かなって思ってたけど。

表情とか、やっぱりそれ用に作っているのだろうか。

まあ、気遣われてるだけ、感謝すべきだろう。

「色々また検査することになっちゃってごめんね。」

「いえ、大丈夫です。」

「昼まで連続で検査だったけど、気分が悪くなったりしていない?」

「大丈夫です。」

「それなら良かった。
じゃあ...。
最近何か、悩んでいることや困っていることはないかな?」

やっぱり、早速きいてきた。

「いいえ...特にはありません。」

「本当?」

「話すようなことは特に何も。」

先生の深い瞳に吸い込まれないように、必死に抵抗しているような心持ちだった。

そうしないと、どうせ私の肩身が狭くなるだけだ。

先生のことは嫌いじゃない。

だけど、無責任なことは言って欲しくない。

「先生、ここで私から先生に質問する権利ってあるの?」

「もちろん。質問だけじゃなく、意見や反論、拒否、黙秘する権利だってあるよ。」

...なんだか、裁判受けてるみたい。

私は被告人なのかな...?

「じゃあ、今ここで私に何を求めてるの?」

「それは...。」

先生は穏やかな表情だが、言葉に詰まっている。

というより、あえてここで止めて私の反応を見ているような感じだ。

「私が、ここで色々自白したら、何か変わる?」

「自白なんて、実に面白い表現だね。」

まさに皮肉...。

言わなくても、先生の感じていることは伝わる。

「何かあるなら先生から話してよ。
どうして急に検査なんかして、こんな狭苦しい部屋に2人きりにするのか。」

「ごめん、もしかして気を悪くしたかな?」

「...その環境自体は別にどうだっていいけど、そうやって大人の事情みたいにこそこそしてるのが1番気分が悪いです。
今日の検査だって、なんか認知症の検査みたいだし。私のこと、なんだと思ってるんですか。」

あれ、
なんで私、こんなこと言ってるんだろ。

先生は微笑むばかりだ。

なんか、負けた気がする。

「先生は...。
私のこと、精神病とか、被害者だとか思ってる?」

「...どうして?」

どうして...か。

「お医者さんはみんな冷たい人ばっかり。
病気だから仕方ないって、感じで扱うの。」

「俺は、確かに、君が思ってる以上に冷酷な人間さ。
...それを否定する権利はないよ。医者は皆ね。」

「...。」

「でも...。医者は患者を放っておくことは出来ない。
俺たちにとっての患者っていうのは、ただ病気にかかってしまった人って意味じゃなくて、誰かの助けを必要としてる人のことを指すんだ。」

誰かの助け...。

「ひとつ君に言いたいことは、
痛みや苦しみは、相手にちゃんと伝えなきゃ分からないってことだよ。」

「...。」

「そのことをダメなことだと思っているかもしれない。でも、いずれにしても、自分の傷みは自分にしか分からないのさ。」

「でも...。」

「それを、誰に伝えて、誰に助けてもらえばいいのか。それは誰にも分からなかった。
それじゃ、皆つらいだろう?」

「...。」

「だから、少しでもそんな人を減らせるように、医者や病院ってものは生まれたんだと思うよ。医者はいくら冷たい人でも、そういう前提は忘れないで持っていなきゃ、医者だって言えないんじゃないかな。」

「...。」

何も言えない。

情緒じみた一般論を押し付けられた気はする。

でも、そんなことを一から教えてくれる人なんてまず誰もいなかった。

「だから、俺はひとまずここで、真壁沙羅っていう子が、今、どういった助けを必要としているのか、それが知りたい。

それでも納得できないなら、
言い方を変えて、
今の段階で、誰にも君のことは伝わらず、、それで君は本当に平気なのか。
このまま家に返していいのか。
その確証を君から得たかった。」

なるほど。

「...医者って、私が言わなくても大抵は分かるものなんじゃないですか。」

「俺は医者だからね。
専門家がそうじゃない人より詳しいのは当たり前だ。」

「...。」

「でも、限界は確かにある。
それは医者として、その技術として、人としてもいちいち存在してる。

医者は意外と、いや、やっぱり無力なんだ。

だから、君のこと、よく知りたい。

君を担当する医者として。」

それは、私が1番ききたくなかった言葉でも、1番欲しかった言葉でもなかった。

でも、さすが、

専門家の言葉は、よく響く。

「君には、物事をよく把握できる力がある。だから、君にいくら甘い言葉を投げかけても、君は心を閉ざしたままだろうね。
医者らしい、外見だけの洗脳の言葉も、クスリも結局、君には全く効かない。」

「...。」

「俺もそんな厄介な君から逃げることはできる。
最低限、することだけやって、他に放り投げることもできる。」

「...。」
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