キミのこと痛いほどよく分かる
パタン...。

軽くドアが音を立ててしまった。

あっけない。

そりゃあ、もう。

「...バレた...?」

今はそうでないとしても、自分のことが知られてしまうのはもう時間の問題だ。

そう感じた。


スマホが四六時中鳴っている音がする。

電話だ。

また、来いということだろうか。

困っている人が。

苦しんでいる人がいるからどうにかしろと。

「もうたくさんだ。」

着信を...

拒否、しなければ。

「...はい、暁です。」

決まっているかのようなお叱りの文言が流れてくる。

それと決まって、切迫した患者の様子も丁寧にお知らせしてくれる。

今回は、そう...。

工事現場での事故で、瀕死の男性患者が2人。

「今行きます。」

そういうと、音声はぷつりと切れた。

そんなこと、本当はどうでもいいことだっていうのに。

急いで、支度を始めた。

やっていることが、

思っていることと、

大きく外れてしまっていることが、

分かっているのに。

元々、医者になったのだっておかしな話だ。

毎日のようにこうなるであろうことがどうしてあの時は分からなかったのか。

いや、

「分かってた...。」

全部、本当は分かっていた。

それでも、こうするしかなかった。

こうやって、生きていくしか、俺には道がないんだろうな。

いくら患者を捨てようとしたって。

逃げようとしたって、

不幸という苦痛から逃れた彼らの、

幸せそうな笑顔を。

見ることができるのならば。
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