夜の蝶
#偽りの家族#

高校3年。本格的に進路を決めないといけない時期に入った。

私は恐る恐る母に話し掛ける。

「…お母さん!相談があるんだけど」

母は鋭い目つきで口調に怒気が混じる。

「なにっ?」

「あっ、あのさ、進路の事なんだけど…私、大学に行きたいの…」

震える私の声。

「大学?大学なんて行く意味あるの?それに養子のあんたに払うお金どこにあると思ってるの」

「奨学金とかもあるし、頑張ってバイトして私自分で払っていくから。お願いします」

「お母さんの言ってる意味が分からないの?行く意味があるのかって言ってるんだけど。ていうか、高校までは面倒見たんだから卒業したら出て行ってね」

母は見向きもせず全く聞き耳を持とうともしない。

それどころか、卒業後は出ていけ宣言…

相談する前から反対されると分かってはいたけれど、もしかしたらと期待もしていた私が馬鹿だったね。

大学に行くことは諦めざるを得なかった。

両親は顔を合わせればいつも喧嘩ばかりで私のことなど気にもかけてくれない。

だから父に相談しても同じ答えが返ってくると思うと、相談することすらできない。

女性関係にだらしない父。たまーにしか帰って来ない。

そんな父に愛想を尽かした母までもが不倫に走る。

ガチャ…

「ゆう?いる?」

帰宅した母に呼ばれ私は1階へ向かう。

「なに?」

居間にいたのは…母と知らない男の人。

私は立ちすくむだけで何も言えないチキン野郎だ。

「ちょっと出掛けて来てくれない?…21頃には帰ってきていいから」

「…」

私は返事もせず、いつものように財布と携帯のみを持ち、家を出る。

母は何一つ説明しない。ただ都合の良いように私を追い出すだけ。

当たり前のように繰り返される日々。

家庭環境は絶望的だった。

そんなある日、私はいつものように登校をして友達に挨拶をする。

なぜか友達からの返答がなかった。

あれ、聞こえなかったのかな?今私に気付いてたのに…

もう一度挨拶をする。

「りさ、まなみ!おはよー」

「…」

異様な空気が流れる。

私は無視をされているとすぐに察しがつく。

なぜなのか原因が分からずいたたまれない気持ちになった。

そして、私に聞こえる声量で会話を始める。

「誰かさんのお父さんってすんっごい女好きで不倫しまくってるらしいよ」

「あー!知ってる知ってる。しかもJKとかにも手を出すんでしょう」

「えー!それってやばくない?犯罪じゃん。こわーい」

「養子とか言って本当は不倫相手との子だったりしてー?」

この状況からして、私の家族の話をしているのだと理解する。

昨日まで普通に仲の良かった友達に突然いじめの刃を向けられたのだ。

「熊沢さーん!私の彼氏取らないでねー?親が親なら子も子で心配だからー。ほんと汚らわしい」

どうして私がそんな事言われなきゃいけないの…

いじめって、こんなにも唐突にくるものなんだね…

“本当の親じゃない”“私は私”

そう叫びたかった…

だけれどそんな事言える権利も勇気も私にはない。

だってあんな親でも、私を養子にしてくれた親だから。

次第に友達の間であることないこと一気に噂になり、いつしか私は孤独になっていた。

机には“消えろ”“不倫の子”“汚物一家”等の張り紙の数々。

毎日毎日ご丁寧に私に構うなんて…暇な連中。

油性ペンで直に書かれていないだけまだマシだ。きっと張り紙をしている当の本人たちもどこかでは良心が咎めているのだろう…

当たり前だった日常。

休みの時間のたびに集まって交わすたわいない会話と絶え間なく湧き上がる声、今の私には全てが胸に突き刺さる。

私は空気になったのだ。

“私はなにもしていない”と自分で自分を勇気付ける日々。

家にいても学校にいても、いつだって1人。私の居場所なんてどこにもなかった。

慣れたといえども…やはり悲しくて辛いのには変わりない。

普通なら青春真っ只中なはずなのに…

寝ても覚めても世界は真っ暗で。

どうしてこんな家に私は選ばれたの…

私が邪魔なら捨ててくれたらいいのに…

どうせ私は養子なのだから…

血の繋がりのない親に、愛されていると感じたことは一度もない。きっとこれからもない。

ただ両親に感謝をしていることもある。

養子にしてくれて、高校まで通わせてもらってる。

文句なんて言える立場ではない…ただただ孤独の世界を彷徨っているだけ…

そんな毎日でも、唯一心を許せる大好きなお姉ちゃんがいるから頑張れるんだ。

お姉ちゃんだけはいつも優しくて温かい。

お姉ちゃんは彼氏と同棲をしていて、忙しいにも関わらず私に会いに来てくれる。

ガチャ…

「ゆう?いる?」

玄関のドアが開くたびにお姉ちゃんの声が聞こえると飛び上がって喜ぶ。

「おねーちゃん!」

毎回お決まりのハグ。

お姉ちゃんの温もり。心の奥にぽかっと火がともる。

この瞬間が今の私にとっては一番の幸せだった。

「痛いよ!もう、ゆうったら」

「…お姉ちゃん大好き」

「分かったから、離れてっ。ほら、出掛けるよ」

帰ってきては買い物に連れて行ってくれたり、同じ布団で寝てくれたり、何かといつも気にかけてくれる。

「学校でなにがあった?最近学校の話しなくない?」

そう言って心配そうに私の顔を覗き込む。

お姉ちゃんは私のちょっとした変化にも気付いてくれる。 

当然のように、“なにかあった?”ではなく“なにがあった?”

その瞬間、私の心の中にあった何かが弾けたように目から涙が溢れ出てきた。

止まらない涙をお姉ちゃんは優しく拭ってくれ、何も聞かずただただそばにいてくれた。

「ゆう?もうすぐ卒業だからあともう少し頑張ろうね。つまらないことで悩んじゃだめだよ。卒業さえすれば後は自由なんだから」

「うん…。お姉ちゃんはさ、なんで私に優しくしてくれるの?」

「なんでって、可愛い妹だからに決まってるでしょ?」

「血が繋がってないのに…?」

何気なく言ったつもりだった。

お姉ちゃんは険しい表情で私の両肩を力強く掴み目線を合わせる。

「二度とそんなこと言わないで。ゆうは大事な妹なの。分かった?」

乾いた心が沁みるように温かく潤う。

拭っても拭っても涙が止まらなかった。
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