夜の蝶
#キャバ#
始めたきっかけは、条件が良かったのと現実逃避のつもりで始めた軽い気持ちだった。
綺麗なドレスを身に纏い、ゴージャスに髪の毛をセットし、上品なメイクでいざ出勤。
源氏名を“ゆり”と決め、店長がお客様にご挨拶をする。
「失礼いたします。いつもご来店ありがとうございます。本日体験入店の「ゆりさん」です。未経験なので青木さん優しく接してあげてくださいね」
店長のやさしく諭すような口調の感じからして、きっとこの青木さんというお客様は太客なのだろう。
色気ムンムンで魅力的な男性。身体のあちらこちらがキラキラしていて眩しい。ダイヤモンドのようなお客様だ。
「えーっと…ゆりです。緊張してますがよろしくお願いします」
「よろしく。ゆりは何歳なの?」
緊張のあまりとっさに実年齢を口にする。
「19歳です」
「あはは!ゆり真面目ちゃん?店長に歳ごまかすようにって言われなかったの?」
そう言って青木さんは私の頭を優しくポンポンする。
「っあ!ごめんなさい。20歳です」
「別に言い返さなくて大丈夫だよ!気楽にしてね。俺は24。ゆり面白いからアルマンド・ロゼ入れよう」
…。
「アルマンド・ロゼオーダー入りました」
その瞬間、店内がざわついた。
このざわつきからしてきっとお高いお酒なのだろうか…
体験入店の私にはさっぱり分からなかったけれど、何故かこのざわつきに安心感を覚えた。
24歳の若さでこの羽振り…どこの御曹司なのだろう…
そして、青木さんの他にもう一人の常連客に付き、2時間が経って本日の体験入店が終了した。
私は店長に呼ばれ控室に向かう。
「ゆりちゃん、お疲れ様ね。青木さんが初対面の子にアルマンド入れたのは初めてだよ。あのお客様はね、自分の事話さない人だから何者なのか誰も分からないんだ。あの羽振りの良さからしてかなりのおぼっちゃんなんだろうけど…まぁそれはさておき、青木さんは人を見る目があってね、これからゆりちゃんに指名で来てくれると思うから頑張ってね」
「あ、っはい!頑張ります」
人を見る目ね…私にはなにもないのに。
私はそんな捻くれた事を思うしか出来なくて、悲観的になっていた。
そして、ここが私の居場所になった。
翌日の昼間、お姉ちゃんと結弦さんと3人で食卓を囲む。
「あのー、話があるんだけどさ…」
「んー?どうした?」
「…私近いうちお家出るね」
突然の言葉に2人は箸を止め、私を見つめる。
「ワンルーム付きのお仕事が決まったの」
「…本当?」
浮かない面持ちのお姉ちゃん。
「あはは、本当?って!…お世話になりました」
深々と頭を下げた。
「遠慮してるの?居心地悪い?彼氏ができたの?」
動揺を隠しきれていないお姉ちゃんの姿が目に焼き付く。
私の事こんなにも愛してくれるお姉ちゃんにこれ以上迷惑を掛たくない。
「お姉ちゃん動揺しすぎ。遠慮もしてないし贅沢すぎるほど居心地最高だよ。彼氏が出来た訳でもない。私は大丈夫だから安心してよっ」
俯くお姉ちゃんを見かねた結弦さんが、「全くっ!妹離れできてないお姉ちゃん鬱陶しいよな?ゆうちゃんのやりたいことが見つかったのなら応援するよ」
「…うん。ありがとうございます」
「けど、約束してな?俺も七海もゆうちゃんの幸せを願ってるから、辛いことがあったらいつでも戻ってくるって」
「そうだよ!いつだだってどんな時だって私達はゆうの味方だし、ゆうが元気に生きてくれるだけでお姉ちゃんは本当に安心するから」
「男が出来たら俺が判断してあげるからすぐ紹介してな」
私は2人の言葉に涙を堪えて何度も何度も頷いた。
温かい…
私の人生の中にこんなにも温かい世界があったなんて…
私が頑張って生きることがお姉ちゃん達にとって恩返しになるなら、私一生懸命頑張るから。
そして私は寮に移った。
ブーッ、ブーッ…
携帯のバイブが鳴る。
青木さんだ。
「もしもし、青木さんこんにちは」
「こんにちは!今日同伴できそうかな?」
「はい、大丈夫ですよ。何時にしましょうか?」
「じゃ、15時にさくら大公園で」
「分かりました。ではまた後で…」
体入の日から週2、3のペースで私に会いに来てくれる。
すっかり私の太客様。
青木さんと同伴した日は、VIPルームで私は貸し切り状態になる。
「今日はソウメイのブラックで」
「いつもありがとうございます」
「ゆり、いつもと違う気がするけどなにがあった?」
青木さんもお姉ちゃんと同じように、“なにかあった?”ではなく“なにがあった?”
そんな風に聞いてくる青木さんに、少しだけ寄り添ってみても良いかな!と思えてしまった。
「なにもないですよ。暗い顔お見せしちゃいました?」
「疲れた顔してる」
「逆ですよ。青木さんの顔見たらホッとしちゃって。癒された顔です」
青木さんはいつも私をVIPルームでゆっくりさせてくれる。
この時間だけは違う世界にいる感じがするの…
心も体もリラックスができる癒しの空間。
アフターはあっても身体を求めてきたことは一度もない。
そんなお客様は青木さんだけ。私にとって一番大切なお客様。
そして青木さんのお陰もあって、在籍42人いる中、3ヶ月目にして見事に№1になった。
“夜の蝶“
私の居場所はここで正解だったんだ…
それからというもの雑誌のオファーがくることも度々あるけれど、毎回お断わりをする。
そんな事には全く興味がない。
今までの弱い自分を捨ててこの世界で輝いていこうと言わんばかりに、若さと初々しさを売りにしてがむしゃらに働いた。
羽ばたいた先に何があるのか…
優越感に浸るだけの自分…
誰もが羨むくらいお金を稼いでいても、みんないつも何かが足りない顔をしている。
睡眠薬に精神安定剤。摂食障害。整形依存。
私も似たようなものなんだ…いつも気が狂いそうなほど飢えていた。
時には枕営業もして心身が疲弊してしまう事もある。
「ゆりー!ご飯行こう?あれ、今日もアフター?」
「うーん…ごめんね。3日連ちゃんだよ…」
「人気者は暇なしですね…」
そう言って残念そうに口を尖らす嬢。
「はなもアフターって言ってなかった?」
「無しになったのー!もう、何なのッて感じ」
「じゃ、ゆっくり休みなよ。また明日ね」
そんな生活が順調に3年続き、私は22歳になった。
始めたきっかけは、条件が良かったのと現実逃避のつもりで始めた軽い気持ちだった。
綺麗なドレスを身に纏い、ゴージャスに髪の毛をセットし、上品なメイクでいざ出勤。
源氏名を“ゆり”と決め、店長がお客様にご挨拶をする。
「失礼いたします。いつもご来店ありがとうございます。本日体験入店の「ゆりさん」です。未経験なので青木さん優しく接してあげてくださいね」
店長のやさしく諭すような口調の感じからして、きっとこの青木さんというお客様は太客なのだろう。
色気ムンムンで魅力的な男性。身体のあちらこちらがキラキラしていて眩しい。ダイヤモンドのようなお客様だ。
「えーっと…ゆりです。緊張してますがよろしくお願いします」
「よろしく。ゆりは何歳なの?」
緊張のあまりとっさに実年齢を口にする。
「19歳です」
「あはは!ゆり真面目ちゃん?店長に歳ごまかすようにって言われなかったの?」
そう言って青木さんは私の頭を優しくポンポンする。
「っあ!ごめんなさい。20歳です」
「別に言い返さなくて大丈夫だよ!気楽にしてね。俺は24。ゆり面白いからアルマンド・ロゼ入れよう」
…。
「アルマンド・ロゼオーダー入りました」
その瞬間、店内がざわついた。
このざわつきからしてきっとお高いお酒なのだろうか…
体験入店の私にはさっぱり分からなかったけれど、何故かこのざわつきに安心感を覚えた。
24歳の若さでこの羽振り…どこの御曹司なのだろう…
そして、青木さんの他にもう一人の常連客に付き、2時間が経って本日の体験入店が終了した。
私は店長に呼ばれ控室に向かう。
「ゆりちゃん、お疲れ様ね。青木さんが初対面の子にアルマンド入れたのは初めてだよ。あのお客様はね、自分の事話さない人だから何者なのか誰も分からないんだ。あの羽振りの良さからしてかなりのおぼっちゃんなんだろうけど…まぁそれはさておき、青木さんは人を見る目があってね、これからゆりちゃんに指名で来てくれると思うから頑張ってね」
「あ、っはい!頑張ります」
人を見る目ね…私にはなにもないのに。
私はそんな捻くれた事を思うしか出来なくて、悲観的になっていた。
そして、ここが私の居場所になった。
翌日の昼間、お姉ちゃんと結弦さんと3人で食卓を囲む。
「あのー、話があるんだけどさ…」
「んー?どうした?」
「…私近いうちお家出るね」
突然の言葉に2人は箸を止め、私を見つめる。
「ワンルーム付きのお仕事が決まったの」
「…本当?」
浮かない面持ちのお姉ちゃん。
「あはは、本当?って!…お世話になりました」
深々と頭を下げた。
「遠慮してるの?居心地悪い?彼氏ができたの?」
動揺を隠しきれていないお姉ちゃんの姿が目に焼き付く。
私の事こんなにも愛してくれるお姉ちゃんにこれ以上迷惑を掛たくない。
「お姉ちゃん動揺しすぎ。遠慮もしてないし贅沢すぎるほど居心地最高だよ。彼氏が出来た訳でもない。私は大丈夫だから安心してよっ」
俯くお姉ちゃんを見かねた結弦さんが、「全くっ!妹離れできてないお姉ちゃん鬱陶しいよな?ゆうちゃんのやりたいことが見つかったのなら応援するよ」
「…うん。ありがとうございます」
「けど、約束してな?俺も七海もゆうちゃんの幸せを願ってるから、辛いことがあったらいつでも戻ってくるって」
「そうだよ!いつだだってどんな時だって私達はゆうの味方だし、ゆうが元気に生きてくれるだけでお姉ちゃんは本当に安心するから」
「男が出来たら俺が判断してあげるからすぐ紹介してな」
私は2人の言葉に涙を堪えて何度も何度も頷いた。
温かい…
私の人生の中にこんなにも温かい世界があったなんて…
私が頑張って生きることがお姉ちゃん達にとって恩返しになるなら、私一生懸命頑張るから。
そして私は寮に移った。
ブーッ、ブーッ…
携帯のバイブが鳴る。
青木さんだ。
「もしもし、青木さんこんにちは」
「こんにちは!今日同伴できそうかな?」
「はい、大丈夫ですよ。何時にしましょうか?」
「じゃ、15時にさくら大公園で」
「分かりました。ではまた後で…」
体入の日から週2、3のペースで私に会いに来てくれる。
すっかり私の太客様。
青木さんと同伴した日は、VIPルームで私は貸し切り状態になる。
「今日はソウメイのブラックで」
「いつもありがとうございます」
「ゆり、いつもと違う気がするけどなにがあった?」
青木さんもお姉ちゃんと同じように、“なにかあった?”ではなく“なにがあった?”
そんな風に聞いてくる青木さんに、少しだけ寄り添ってみても良いかな!と思えてしまった。
「なにもないですよ。暗い顔お見せしちゃいました?」
「疲れた顔してる」
「逆ですよ。青木さんの顔見たらホッとしちゃって。癒された顔です」
青木さんはいつも私をVIPルームでゆっくりさせてくれる。
この時間だけは違う世界にいる感じがするの…
心も体もリラックスができる癒しの空間。
アフターはあっても身体を求めてきたことは一度もない。
そんなお客様は青木さんだけ。私にとって一番大切なお客様。
そして青木さんのお陰もあって、在籍42人いる中、3ヶ月目にして見事に№1になった。
“夜の蝶“
私の居場所はここで正解だったんだ…
それからというもの雑誌のオファーがくることも度々あるけれど、毎回お断わりをする。
そんな事には全く興味がない。
今までの弱い自分を捨ててこの世界で輝いていこうと言わんばかりに、若さと初々しさを売りにしてがむしゃらに働いた。
羽ばたいた先に何があるのか…
優越感に浸るだけの自分…
誰もが羨むくらいお金を稼いでいても、みんないつも何かが足りない顔をしている。
睡眠薬に精神安定剤。摂食障害。整形依存。
私も似たようなものなんだ…いつも気が狂いそうなほど飢えていた。
時には枕営業もして心身が疲弊してしまう事もある。
「ゆりー!ご飯行こう?あれ、今日もアフター?」
「うーん…ごめんね。3日連ちゃんだよ…」
「人気者は暇なしですね…」
そう言って残念そうに口を尖らす嬢。
「はなもアフターって言ってなかった?」
「無しになったのー!もう、何なのッて感じ」
「じゃ、ゆっくり休みなよ。また明日ね」
そんな生活が順調に3年続き、私は22歳になった。